婚約破棄3回された公爵令嬢の代筆屋

 距離にして30センチの位置に顔がある。エディ……いや、エドワードの紅茶色の瞳に、私の顔が映ってるのが見える。
「決まってる。もう一度リリィーナの婚約者になるためさ」
 え?
「エディ、そこまでだ!」
 私を追って店に入って来たアルが、私に触れていたエディの手をつかんだ。
「帰ろう、リリィー!」
 エディの手を乱暴に振り払うと、アルは私の手を取り店を出て行く。

 私は、頭の中がぐちゃぐちゃで、気が付いたらライカさんのお店でランチを食べていた。
「リリィーちゃん、ほら、また来たわ!」
 配膳の途中で、私の耳元でひそひそ話を始めたライカさんに気が付いて、意識が現実に引き戻される。
「お忍びで、何度か来てくれるのよ。ランチを気に入ってくれたみたいなの!」
 ライカさんがチラリと入り口付近の席に視線を送る。
 そういえば、貴族がお忍びで来てくれたと前に言っていた。
 もし、知り合いだったら私の正体を黙っていてもらわないといけない。
 恐る恐る、貴族が座っているという席を見る。
 知らない顔だ。いや、私が知らないだけで、あっちは私を知っているかもしれない……。
 20代半ばと思われる鼻の高い男性。薄茶色の髪はきっちり整えられてる。薄い唇が少し冷たそうな印象を与える顔だ。
 日の下で仕事をしていないのは色の白さが物語っている。万人の目を引くほどのイケメンではないが、それなりに整っている。
「アル、あの人、お忍びで来てる貴族らしいんだけど、知ってる?」
 アルも貴族なんだから、どこかの社交場で会ったことがあるかもしれない。
「貴族、ですか……?あまり貴族らしく見えませんね」
 アルに言われてもう一度男を見る。
 ……色が白くて髪を整えていて……。マントの隙間から見える首元には、貴族が好んで身に着けるフリルたっぷりのリボンタイが結ばれている。
 まぁ、そこまでは貴族っぽい。
 しかし、アルに言われて冷静に見てみれば、動きしぐさがとても貴族の者とは思えなかった。
 まずは姿勢が悪い。
 貴族は、幼いころからマナー教育を施される。綺麗な姿勢は基本中の基本だ。もちろん、市井にお忍びで現れる時には姿勢を崩してふるまうこともあるが……それでもやはり、小さなころから叩き込まれた動きを隠しきることはなかなか難しい。