婚約破棄3回された公爵令嬢の代筆屋

■44

「メイシー、その前に入浴したいわ」
「わかりました。すぐに準備いたしますわ」
 体は拭いてもらった。だけれど、まだあれから入浴していない。
 あの男に触られた足を洗いたい。
 あの男の息がかかった首筋を洗いたい。
 思い出すと、気持ち悪さに背筋が凍る。……あんな男の記憶に負けたくない。
 肩の傷にだけ注意しながら、ゆっくりと入浴する。
 メイシーが香りのよい花を湯船に浮かべてくれていた。
 花風呂なんて、お祝い事など特別な日にしかしないのに。気を使ってくれたんだ。
「メイシー、一緒に入りましょう!せっかくの花風呂だもの!」
 学生のころは、学生寮の大風呂で一緒に風呂に入ることもあった。
「リリィー、一応、私は侍女の仕事中なんだよ?」
「大丈夫よ。ロッテンさんに見つからなければ平気。ほら、早く。すごくいいお湯だよ!」
 メイシーが体を洗い、向かい合わせで花風呂に入った。ピンクの花びら、薄紅色の花びら。オレンジ色の花びら。
 湯船に浮かんで揺れてる花びらを眺めながら、ポツンと口を開いた。
「あのね、メイシー……」
 暖かなお風呂に浸かって、心がふとほぐれていくのを感じる。
 誰にも言わなかった気持ちを……メイシーに聞いてもらう。
「私、アルが好きなの」
 メイシーは、ただ、静かに小さくうなづいて、私の話を聞いてくれている。
「だけど、私にはアルを幸せにできないの……」
 辛そうな顔でプロポーズの言葉を口にしたアル。
 自分のせいだとアルは言っていた。
 自分のせいで、私の……貴族の女性としての名誉が汚されたことを言っているのだろう。
 男に凌辱されてはいない。だけれど……。
 私は貴族だ。誘拐されたというただそれだけで傷物扱いだ。
 事実ではない噂が尾ひれがついて面白おかしくささやかれる世界だ。
 1か月も立たないうちに、私が男どもに侵され子を宿し、ひっそりと産み落としたことにでもなっているだろう。
 王都を離れて、代筆屋をしていた期間が、ちょうど大きくなったお腹を隠すためにというようにでも噂されるのだろう。
 私がさらわれたことは、隠しているはずだけれど……いつ、話が漏れるか分からない。
 漏れてしまえば、私の女としての一生は終わったようなものだ。
 だから、アルは……責任を取って、噂が流れる前に私を既婚女性にしようとしてくれたんだろう。