「ケンちゃーん、ご飯ですよぉ!」

一階から母ちゃんが甲高い声で叫ぶ。

「ごめんいらない」

僕は亀のように布団から頭だけを出して、それに応える。

「今夜はケンちゃんの好きなお味噌汁よー!」

「食べてきたからいらない」


「なんだあいつ、あの年になって反抗期か?」

(おそらく新聞を読みながら)父ちゃんが言う。

「真弓ちゃんに振られたのかしらね! ウフフ」

笑えないような事を笑いながら母ちゃんが言う。

「……ったく。もっとボリューム落として話せよ。まる聞こえだよ」


僕は、もう一度布団の中にもぞもぞと潜った。




外から聞こえるすべての音が聞こえてこないように、毛布を頭にグルグル巻きにして。

母ちゃんも父ちゃんもテレビの音も外を走る車達もお隣のバカ犬も、何も聞こえてこない。ただ――


“ケンケン”


ユウの声だけはどんなに強く耳をふさいでも聞こえてきてしまう。ずっと頭の中で響いてる。


僕はきっとユウの事が……


いや、やめよう。

もう会えないかもしれない女を好きになったって意味ないじゃないか。


テレビの中で踊るアイドルに恋してたほうが、まだましだ。


全部なかった事にするんだ。


ただ元の状態に戻るだけ。

真弓に振られて

学校にも見離されて

なんともまぁ冴えない上田健太に戻るだけ。