○●雨色ドレス●○

僕は最高級牛ヒレステーキだとか、一貫うん千円する寿司を要求してるんじゃない。
 
ただただ普通の、ごく普通の、いたって普通のオフクロの味をいただきたかっただけ。
 
……いつからだろう。上田家の歯車が狂い始めたのは。
 
「母ちゃん、これ」
 
「足りなかったらまだまだ沢山あるからね」
 
「いや違くて。あのね」
 
プヒュー!
 
「あっ、お湯湧いたー」
 
母ちゃんはフンフン鼻歌を歌いながら、コンロの上で「沸いたぜ奥さん!」と叫び狂うヤカンを、カエルの鍋つかみで掴んだ。
 
「ケンちゃんほら! ボーっとしてないでポット用意して」
 
「あっ、はい」
 
――ってなんで僕、バカ素直にポットを用意してんだよ。バカ。
 
昔っから僕は「NO」と言えない人間で、母ちゃんは「NO」と言わせない人間だった。
 
別に恐いからとかそういうんじゃなくて、むしろフワフワした母ちゃんのキャラクターが、何故か断れない雰囲気を作り出して、僕を含め「NO」と言えない人間を上手く操作する。
 
きっと若い頃は小悪魔女だったに違いない。うんうん。