あの頃は甘酸っぱかった。
毎日がピンク色に染まっていて、夜さえもピンクに変えてしまうような。そんな日々だった。
でも、もうそんな日々を繰り返すことはできない。
私は彼を忘れないといけない。
恋って残酷だ。


「霞ちゃん。俺の手触ってごらん!」
とっても寒い
このじきに、彼は手袋もせずに私の体の前に手を出してきた。
「いいけど、私手袋つけてるからなんにも冷たくないよ?」
「いいの!手袋でも多分わかるから!」
と少し意味のわからないことを言い始める彼は、幼馴染の涼。ちょっと…。けっこ頭は悪いけど運動神経はいいしとにかく優しい。おまけに顔も声も女子に負けないくらい可愛い。こんな私が幼馴染でいいのかと少し不安になるくらいだ。
「はーやーく」
足をバタバタさせて私の前に手を出す仕草は本当に男子なのか疑ってしまうほど可愛いと感じた。
「はいはい。」
私が返事をすると嬉しそうにほおを緩ませた。
「冷たい?やっぱ手袋越しじゃ分かんないよ。」
そういい、私は手袋を外して彼の手に触れた。
「うわ!冷たっ!!」
人のてかどうかわからないほど彼のては冷たくなっていて、彼の顔は少し赤くなっていた。
「顔が赤くなるほど寒かったの?私の手袋使う?」
「大丈夫…。寒くないから…。は、早く行こう!」
妙に急かしているなと思ったが、もう暗いし寒いから早く帰りたいと思うのも普通だろう。あんなに顔が赤くなっていたのだから、私よりも相当寒いはずだ。
「早く帰ろ!寒いから走ろうよ!」
そう言って私は素早く走り出した。
「ちょっと!霞ちゃんまって足が冷たくてうまく走れないんだけど!!」
そう叫んでいたがそんなのお構いなしに
「しーらない!おいてくよー!」
少しペースを落とし叫ぶ。それでも私たちの間には距離があった。
さっきまで少しだけだった雪が少し激しくなった気がした。
その距離は近くて。だけど届かない距離。
その距離が何だかもどかしくて、走って彼の方に戻った。
「結局戻ってくるんだ‪!」
嬉しそうに笑う彼を見てるとさっきまでのもどかしさがなくなった。そして、寒いから私の左の手袋を彼に半分こした。
私の左手は冷たくて、でも暖かかった。
「霞ちゃんの手袋のおかげで左手も右手も暖かくなったよ!もうすぐ家だよね。はい。これ返すね。ありがとう!」
鼻を赤くして、満面の笑みで左の手袋を私に返した。
「うん。涼も早く帰りなよ。寒いんだから。あと、明日から手袋してきな?」
「うーん。考えとくね。」
にひひ、と小さな悪巧みを考えているような笑い方を見て、変わってないなとかお母さんみたいなことを思って家の鍵を開けた。
「霞ちゃん!月!綺麗だね!!」
なんだ、そんなこと。でも、確かに今日はいつもより月が明るい。いつもより大きい気がする。
「そうだね。明日はどうかな?」
素直に思ったことを口にした。彼の顔は少し赤くて、また冷えてしまったのかと思った。
「綺麗だよね!明日もきっと綺麗だよ!じゃあね!」
そう言うと、さっきまで寒くて上手く動かないとか言っていた足はびっくりするくらいの速さで家の方向に走っていった。
「小学生なのかな?」
ポツリと独り言を呟いて家の中に入った。
「…ただいま。」
相変わらず返事はない。
リビングには小さな白い紙の置き手紙。
【かすみへ
今日も残業で遅くなります。帰るのは11時くらいになるかな。明日も朝速いんだ。ごめんね。
ご飯はてきとーに作って食べてね。ちゃんとお風呂はいって歯磨きして課題して、お母さんが帰ってくるまでには寝てね。明日も学校玩張ってね。
               お母さんより            
   】
ところどころ間違っている漢字。丸っこい字。この字を何回見たか。突き放されているような感じがして胸が痛くなる。この丸っこい字にところどころまいがっている漢字は私をお母さんの中から追いだしているようで。中学に入ってお母さんは日曜日以外朝9時から本当は六時まで。それでも仕事時間は長いと思うのに、お母さんは課長かなんからしくて遅くまでいつも残っている。大体10時くらいまで残っている。会社まで一時間くらいかかるから帰ってくるんは結局11時くらい。朝は七時くらいに起きる。私は七時くらいに出るからお母さんとは喋らないし会わない。会うとしても週に一回日曜日だけ。でもお母さんは日曜日に一気に買い物に行くし、私は進学校に通ってるから日曜日は大体の時間勉強してたくさんの課題を一気に終わらす。