僕の婚約者〜気高き戦乙女〜

「いい音だな……」

たった一言だったが、ノーマンにとってはとても嬉しい言葉だった。今まで向けられることのなかった優しい表情を浮かべ、キサラはノーマンを見ている。ノーマンはキサラのために何曲もフルートを吹き、医務室には美しい音色が響いた。

「束の間の平和か……」

キサラがポツリと呟き、ノーマンは演奏を止める。

「どういうことですか?」

ノーマンが訊ねると、キサラはまっすぐにノーマンを見つめる。そして、真面目な顔で言った。

「百戦錬磨の人間でも、千人いればその全員を守ることはできない。だが、あたしは最悪の状況になった時に護りたいと思っている人間はもう決まっている。……だから、お前やルリが心配することはない」

それだけ言うと、キサラはフルートを吹いてほしいと頼む。ノーマンはキサラの言葉にどこか胸のざわつきを覚えつつも、フルートの優しい音を奏でた。



ノーマンがキサラの言葉の意味を知ったのは、毒物事件から数週間が経過した頃だった。

庶民の間で話題が変わっていくように、王族や貴族だけのこの学園での話題も変わっていく。みんな、毒物事件のことは忘れたかのように過ごしていた。