ラディスの服を脱がそうとしたレイラの手はラディスの長い指にからめとられて、握り締められた。

「あれ?」

 手が動かせなくなったレイラは戸惑い気味にラディスを見る。

「お前は、いつもこんなことを他人にしてるのか?」

「こんなに積極的なんて、意外ですが、それはそれで」

 服を脱がされかけていたラディスと、ベッドの横に控えていたシルファが同時にレイラに言った。

 何を言われているか気づいたレイラは、アッと声を上げた後、ラディスから手を離して顔を赤くした。

「違う違う。あーごめんなさい。あまりにもひどい状態だったから放っておけなくて! 私、一応人を癒す品物を作る仕事をしてたから、そのやましい気持ちはなくてね」

 レイラは慌てて言い訳を並べる。

「……慌てなくても、他意があるかどうかはわかる」

 そういうと、ラディスは来ていた衣装をすべて脱ぎ去った。

 恥ずかしげもなく全裸をさらすラディスに、レイラはさらに慌てることになった。

 先ほどまで脱がそうとしていたのに、こんなことを言うのも変な話だが、全裸なのに堂々としすぎだ。

「脱いだら、うつぶせになって!」

 レイラは急いでカバンの中に視線を移し、中からホホバオイルという大瓶に入ったオイルを出した。

 ラディスが動く気配がする。

 レイラが頼んだ通り、うつぶせに寝そべってくれているのだろう。

 普段から女性というか、主に社長にしかマッサージをしていなかったので、実は男性にはほとんどしたことがなかった。

 だからラディスの彫刻のような鍛え上げられた完璧な体を見て、驚いてしまったのだ。

 細マッチョってやつよね。

 モデルでもあんなにきれいな体してないんじゃないかな。

 男性の体がキレイというか、美しいと思う日が来るとは、レイラは思いもしなかった。

 レイラは緊張でこわばる手にホホバオイルとレモンのアロマオイルを混ぜたオイルをなじませる。

 手でオイルを温めていると、レイラの頭の中に、先ほどの全裸のラディスの姿が浮かんでくる。

 外人? だからか、あれも大きくなかった?

 ……いや、忘れよう。集中、集中。

 レイラは首を振って、先ほど見た光景を忘れようと努力した。

「ラディス様が女性の言いなりになってるの、初めて見たんだけど」

「確かに、おもしろい見世物……いえ、興味深い光景ですね」

 その時、ベッドの横から声がする。

 シルファとロビィが興味深そうにレイラのやることを観察している。

 この2人がいることをすっかり忘れていた。

「見られてたらリラックスできないから、任せて出てって。あと、お湯とタオルも持ってきて欲しいんだけど」

「わかりました。ロビィ。お願いします」

「えぇー人使い荒いな」

 そういうと、2人は出て行ってしまう。

 レイラはほっと息をつくと、うつぶせになっているラディスの背中にオイルをなじませるために手をはわせた。

 ラディスの寝室の明かりは、寝台横にあるチェスト上のろうそくのみ。

 夜のとばりがおりると、あたりは深い闇に包まれ、黄色味かかった暖かな淡い光だけが、ベッドを照らしている。

 レイラはラディスの体にアロマのエッセンシャルオイルとキャリアオイルを混ぜたオイルを塗りながら、緊張で指先が震えないように懸命に集中していた。

 ラディスの肌は、女性に負けないほどきめ細やかで、シミはおろか普通なら吹き出物の一つもない。

 まるで上質の絹の上にオイルを塗っているかのような感覚だった。

 それなのに女性の柔らかさとは違った、弾力のある柔らかさ。

 これはおそらく力が入っていない筋肉の弾力だ。

 弾力があるが、やはり筋肉は緊張状態にあるらしく、ぐっと抑えても固く感じる場所がある。

 広い肩に引き締まった腕に横腹。

 全身が鍛えられているからこその触り心地だった。

 そんな完璧な肉体美を持つ体が、アロマのオイルで光っている。

 人間離れした美しさっていうのも納得できるかも。

 いや、だめだめ。集中しないと。

 レイラはラディスの全身の滞ったリンパや血流が流れるように、少し力を込めてさするようにオイルを伸ばす。

「んっ?」

 ……んっ? 今声が聞こえた気がする。

「ふっ、んんっ……」

 うつむいたラディスはくぐもった声をもらし、微かに身をよじる。

 なるほど。

 これは、痛いとか気持ちいいとかいった反応ではない。

 もう一度同じ場所をマッサージをすると、ラディスはレイラの動きを止めようと、手首をつかんでくる。

 うつぶせになったまま、顔だけをレイラに向け、少しうるんだ目でこちらを見ている。

「そこはダメだ」

 相当きてるわね。

 肌が敏感な場合もあるが、実は筋肉が凝っていると敏感になり、くすぐったく感じる。

 これは凝っているよりもひどい状態になっているという証拠だ。

 確信したレイラはなるべく優しく、ラディスの手から自分の手首を抜き取り、有無を言わさぬ笑みを浮かべた。

「長時間、座ったままの姿勢で仕事をしていたわね。体が強張ってる」

「問題ない。私は魔族だ」

 魔族は強靭な肉体を持ち、魔力があれば食事も必要ないという。

 けれども睡眠は必要とすることから、おそらく疲れないということではないのだと思う。

 指摘したところで平気と答えられてばかりだ。

「もう、わかった。ここにいる間は勝手に私が心配してケアするから」

 レイラは顔を上げたラディスの鎖骨にオイルで滑る指先で圧を加えるように走らせた。

「勝手なことを……あっ」

 ラディスの体がピクリと痙攣する。

「くすぐったいのなら酷く凝ってるってことなの」

 鎖骨を重点的に攻めると、痛気持ちよくなってくる。

 レイラの見解は当たっていたようで、不服を言いながらもラディスはもう一度うつ伏せになる。

 レイラはマッサージを再開した。

 ラディスの反応を見ながら、緊張状態が続いているであろう肩と首の付け根、腰よりの背中、そしてお尻の上部横を重点的にさすっていく。

「くすぐったいのが終わったら、イタ気持ちよくなってくるから我慢してね」

「ふあっ」

 だんだんと声が抑えられなくなっているラディスだが、これはつまり、レイラが的確な場所をマッサージできているというわけだ。

 聖女の持つという癒しの力があってもなくても、レイラは自らの手で誰かを癒すことができる。

 指先がいつもよりあたたかくなり、少し光っている気がする。

「あっ……やめてくれ。そこ」

 いろいろと気になることばっかりだけど、今は目の前のラディスに集中しなくちゃ。

 彼がストレス解消や、安眠不眠の「ラベンダー」に迷いながらも、集中力アップやリラックスのレモンを選んだのには、おそらく理由がある。

「アロマの香りで少しわかることがあるんだけどね。今、ラディスは何かストレスや緊張状態が続くような問題を抱えていると思うの」

 それは大地にあいた瘴気の問題かもしれないし、違うかもしれない。

 けれどもラベンダーを気にしながらも選んだのは、集中力アップやリラックスの効果があるレモンだ。

「レモンの香りを選んだのは、その問題に集中して、長く続く緊張から少しでもリラックスしたいってところかなって」

 レイラはラディスの反応を見ていたが、うつむいているため反応がわからない。

 だんだんと力が抜けてきているので、リラックスできているとは思うのだが。

「……違う?」

「ふっ、んんん! そこはダメだ。もう……あぁぁっ」

 聞こえてないな。これは。

 レイラは返事をあきらめて、マッサージに集中することにする。

 いつも無表情なラディスの反応が楽しくなってしまって、途中から彼に声を上げさせるのに夢中になってしまっていたというのは秘密だ。

 その後もラディスは声を上げていたが、しばらくして静かになったかと思うと、眠ってしまっていた。

 リンパの流れがよくなって寝てしまったのだろう。

 レイラは肩の力が抜けて、そのままラディスの横に寝っ転がり、長い息を吐いた。

 社長や長年離ればなれになっていた妹と再会するために、元の世界に帰りたいというのに、ここまで来て、何をやっているのか……。

 慣れない環境の変化と緊張が続いていたので、気を抜いたとたんにレイラに眠気が襲ってくる。

 目を閉じると、レイラの意識はすぐに闇にとけていった。

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「昨日は凄かったらしいですね」

 次の日、シルファが興味深そうにレイラに話しかけてきた。

「廊下までラディス様の声が聞こえていたので、城中で噂になってるんですよ。どんな激しいプレイだったんだって……」

「えっ……プレイ?」

 ってなんの?

「聖女がとんでもないテクニックを持ってるって」

 ……それって、マッサージのことを言ってる……よね?

「いやあ、朝のラディス様の様子をお見せしたかった! 顔を赤らめてとんでもない快楽を知ってしまって声が抑えられなかったと呆然としていましたからね」

「快楽は間違っていないんだろうけど」

 マッサージ気持ちいいし。

 変な誤解をされていそうな気がする。

「頭痛もおさまって上機嫌で助かりました。これからもラディス様のお世話、よろしくお願いしますね!」

 詳しく説明しようとしたレイラだったが、すでに噂は城内に広まってしまっていた。