ラディスにお姫様抱っこをされたままのレイラは、降ろしてもらうことをあきらめて質問を続けることにした。

 説明はシルファに任せることにしているのか、ラディスは先ほどから一言も話さない。

「それで……何のために私を助けたの?」

 シルファは急に神妙な顔をして、うなずいた。

「人間の愛玩奴隷を飼うのもいいかと思いまして」

「あ、愛玩奴隷!?」

 驚いて目を大きく見開いたレイラを見て、シルファは艶っぽく笑った。

「ふふっ、真面目ですね。冗談ですよ。あなたがあまりにも冷静なのでからかってみたくなってしまいました」

 いやいや、今の目がマジじゃなかった? 冗談に聞こえなかったんだけど。

 レイラは冷静に対応しようとしていたが、我慢の限界だった。

 そういうのはいらない!

 冗談だとわかっていてもイケメンにからかわれて顔が赤くなる。

「陛下。カワイイですねぇ。ベッドでちゃんと使えるように私が調教しましょうか」

 い、今、調教とか物騒なことをぺろっといわなかったか。

 というか、カワイイと言われたのは、おそらく子供のころ以来だ。

 レイラが再び顔を赤くして身を固くすると、ラディスがあきれたようにため息をもらす。

「からかいすぎだ」

 シルファは肩をすくめた。

「ふふ、本題にはいりますね。あなたを助けた理由は、あなたが『癒しの聖女』だからです」

「せいじょ……? でも、私は違うって……召喚されたときに」

「さあ、人間は頭が悪くて、どうしようもないほど愚かですからね。間違えたのでしょう」

 シルファは微笑んでいるが、言葉は辛辣だった。

「覚えているか? 森で瘴気に侵されて狂暴化した男を癒しただろう」

 ようやく口を開いたラディスに言われ、レイラは死んだ魔族の男に手を伸ばしたことを思い出した。

「あ、あれ……せめて目を閉じさせてあげたくて夢中で……」

 あまりにも悲壮な顔で死んでいた男の姿を見ていられなかったのだ。

「やはり無自覚ですか。あの時、癒しの力で瘴気を浄化したんですよ」

「……はぁ」

 全くピンとこない。レイラは生返事をした。ラディスはうなずく。

「大陸に瘴気の穴は増え続けている。このままでは噴出した瘴気で、大地は穢れて植物は枯れて農作物は実らず、狂暴化するものが増え続けるだろう」

「つまり、瘴気を私の癒しの力で浄化しろと?」

 シルファはにこりと微笑む。

「話が早くて助かります」

 だんだんとシルファの微笑みが胡散臭く感じてきた。

 瀕死のレイラを助けたのは、聖女の力で瘴気の穴を塞いでほしいからというわけだ。

「でも、あの時は必死だったから、力の使い方がわからないかも」

 レイラは正直に言う。魔法や癒しの力なんて、レイラは今まで聞いたことも、もちろん扱ったこともないのだ。いきなり自在に使いこなせるようになったとは思えない。

「問題ない」

「マナの使用方法と同じだと思いますので、お教えできると思いますよ」

 短いラディスの返答に、シルファが補足を入れる。

 いろいろとわからないことは多いが、ここでの約束がレイラの処遇を左右すると、レイラは長年の経験から直感した。

「そう……手伝う代わりに瘴気の穴の問題が解決したら、私を元の世界に戻して欲しいんだけど」

「…………しっかりしてますね。わかりました。調べておきましょう」

 なんだか変な間があったが、できないと断言されなかっただけ良しとしよう。

「それで、あなたの生活なのですが、しばらく愛玩動物として鳥かごの中で過ごしていただきます」

「え……ちょっと」

 冗談ではなかったのか!?

「誤解しないで欲しいのですが、これはあなたを守るためのものです。先ほども……」

 シルファが話を続けようとしたときだった。

 パンっと大きな音を立てて部屋の扉が開いた。

 赤い癖のある髪を肩で切りそろえた15歳ほどに見える活発そうな美少年が、大量の本を抱えて部屋に飛びこんでくる。

「ラディス様! 見つけたよぉぉぉ、わ、わぁぁぁ」

 勢い余った美少年は足を絡ませ、本を抱えたままだったので顔面から盛大に床に突っ込んだ。

 ……痛そう。

「ロビィ。扉はノックをしてから。あと、ラディス様には敬語を使いなさい」

「いいじゃん! 緊急の用事なんだからさ、緊急!」

 ロビィと呼ばれた少年は、がばっと顔を上げると満面の笑みで本を差し出した。

 その可愛らしい顔に、たらりと鼻血が垂れる。

「おおっ! 人間だ! 目を覚ましたんだな!」

 ロビィは目をキラキラさせながら、ラディスに本を差し出した。

「間に合ってよかった! これが探していた『初めて犬を飼う人の心得』と、『失敗しないペットの躾』あとは……」

「よくやった」

 ラディスが真面目な顔をしてうなずいたので、レイラはさらに混乱する。

 犬? ペット? 調教も愛玩動物も冗談だって言ってたよね?

 というか、犬っぽいのは、このロビィという少年の方だ。

 差し出された本をレイラも見たが、タイトルは蛇がのたうったような文字で書かれていて読めなかった。

 本の表紙には少し強面の、犬の絵が描かれていた。

「なにぶん、私たちも人間を飼うのは初めてでして……」

 シルファが申し訳なさそうに、レイラに言う。

 ちょっとまって、どんどんわけのわからない方向に行っている。

「問題ない。心得ている」

 こんな犬の本を持ってきているのだから、絶対に問題ないわけがない。

「ほら、ここみて、ペットをなでると癒されるって」

「本当です。癒しの力を使わなくても、そんなことが可能なのでしょうか?」

「ちょうどいいかもしれんな」

「お休みの時間ですし、いろいろ試してみては?」

 いろいろ試すって何を試すの?

 先ほどから男三人で盛り上がっていて、レイラは蚊帳の外だ。

 どこからどこまでが冗談で、どこまでが本気なのか、レイラには全くわからない。

 ねえ、冗談だよね。さっきみたいに早く冗談って言って。

「夜は鳥かごがあっても危ないんじゃないの?」

「わかってる」

 レイラは今から何の説明もないまま、結局お姫様抱っこで鳥かごのある部屋から連れ出された。

 お姫様抱っこのまま、鳥かごのある部屋から連れ出される。

 シルファとロヴィも後ろをついてきている。

 移動先で、ベッドに放り投げられるように降ろされた。

 レイラは、慌てて横を向いて、丈の短いワンピースの裾を手でおさえた。

 さすがにベッドはまずい気がする。

 ラディスは上着を脱ぐと、レイラの上に覆いかぶさってくる。

「え? ちょっと」

 まさか、本当に、冗談だよね!

 レイラはぎゅっと目を閉じた。