勢いよく開け放たれた扉から部屋に入ってきた金髪の美少女は、ラディスの膝の上でご飯を食べさせられているレイラをぎっとにらみつける。

 すらっとした体格だが体のラインが出る可愛らしい服を着ている。

「リリン、食事中です。終わるまでお待ちなさい」

 リリンと呼ばれた美少女はラディスとレイラの座る隣の席に、ぶぜんとした表情で座り、足を組んだ。

「やぁよ、こっちは一晩中駆け回って魔女の目撃情報を集めてたってのに」

 そういうと、リリンはレイラをじろりと見た。

「陛下はペットをかわいがるのに夢中だったようで」

「ふふっ、人間の召喚した聖女ですよ。実は……」

「兄様は黙ってて」

 口をはさもうとするシルファをリリンはぴしゃりと黙らせて、値踏みするようにレイラに顔を近づけた。

 どうやらシルファとリリンは兄弟らしい。

 いわれてみれば、金髪の色もキレイな顔立ちも似ている気がする。

 レイラも見られているので、おあいこさまだと、美少女の顔をしげしげと観察する。

「どんな手を使ったの? 私がどんなに迫っても、ラディス様は顔色一つ変えないんだけど」

 どうやったといわれても、レイラには全く心当たりがない。

 それどころか聖女として力を貸すという交換条件をしているので、色気も何もないはずだ。

「ええ……私は何もしてないけど」

「ウソを言わないで!」

 レイラに手を伸ばそうとしたリリンの腕を、ラディスが止める。

「報告をしろ」 

 ラディスの金の瞳が、鋭く細められる。

 リリンははっとして、椅子から立ち上がると膝をついて頭をたれた。

 レイラは感心した。王に仕える者として、仕事のできる印象を受ける。

 レイラはラディスの膝の上から降ろしてもらえないまま、報告を聞くことになってしまった。

「東の森の複数の場所で魔女の目撃情報がありました」

 リリンがはきはきというとシルファが続ける。

「瘴気の穴も東の森で複数個所、確認されています」 

 リリンは魔女の目撃情報、シルファは瘴気の穴を調査していたようだ。

「やはりか」

「はい。魔女が瘴気の穴に関与している可能性があります」

 ラディスはこくりとうなずいた。

「うむ。被害が拡大する前に午後からいくつか塞ぎに回る。大きい穴をピックアップしろ。誰も近づけないように」

「かしこまりました。準備します」

「えー、またラディス様が直接行くんですか? 瘴気の穴に近づくと体に悪いですよ」

 リリンが不服そうに唇を尖らせる。

「レイラがいれば体調を崩す前に癒してもらえるから、大丈夫だって」

 今までおとなしく話を聞いていたロビィが二カッと笑いながら、明るく言う。

 すると途端にリリンはギラリと目を細めて、レイラをにらみつけた。

 何もしていないのに、理不尽だ。

 レイラは美少女ににらまれながら、口をはさむのは得策ではないと考えて身を縮ませた。

「ラディス様は、なんだかうれしそうですね」

「……そんなことはない」

 ラディスはそういうと、じっとレイラを見下ろす。

 なんだろう?

 たっぷり間があった後、ラディスは小さな声で言った。

「今夜、私を癒すときは最初からお前の言う通りの手順を踏んで、その……もっと気持ちよくなるという道具を使うように」

 レイラは目をしばたたかせた。

「はぁ???」

 リリンが不機嫌そうな声を上げる。

「やっぱり、あの噂は本当だったのね!」

「あの噂?」

「侍女たちの間で噂になっているのよ!」

 レイラは先日みた3人の狂暴そうな美女の侍女を思い出した。

 なんだか好き勝手な悪口を言われているのだろう。

 悪口には慣れている。

 レイラは社長の側近として仕事をするうえで、様々な嫉妬ややっかみを向けられてきた。

 若いころは傷ついていた言葉も、年を取るとともに相手を憐れみ鼻で笑う余裕が出てきた。

 相手はレイラがうらやましいだけなのだ。

 無視をするに限るが、内容は気になるので知りたい。

「どんな噂なの?」

 余裕な表情のレイラが気に食わなかったのか、リリンは目を吊り上げた。

「ラディス様がペットの聖女に毎夜、とんでもない快楽テクニックであえがされているって言われてるのよ!」

 レイラは絶句した。

 そんな馬鹿な。

「……毎夜ってたった1日しかしてないよ」

 やはり噂というのは大げさなものだ。

「そこ? っていうかやっぱり、本当だったのね!」

 リリンは癇癪を起して、地団太を踏んだ。

「私はずーっと、ラディス様のお嫁さんになるために頑張ってきたのに!」

 やっぱり、ラディスのことが好きなんだ。

 生の地団太を初めて見たレイラは感心して見ていたのだが、その態度がリリンの神経をさらに逆なでしたようだった。

「いい気にならないで! 所詮、あんたは瘴穴を塞ぐための道具よ! ラディス様が本当に好きで忘れられない女は魔女なんだから!」

「リリン、そこまでにしておきなさい」

「あんたなんて、魔女の代わりにかまわれているだけのくせに!」

 リリンは、捨て台詞を吐いて部屋を出て行ってしまった。

 ラディスは目を細め、眉間に深いしわを寄せている。

 瘴気の穴をあけている疑惑のある魔女がラディスの忘れられない女性ということ?

 なんか、いやだな。

 なんで自分がこんな気持ちにならないといけないのか。

 もやもやとする気持ちをレイラは自分なりに理解しようとした。

 つまりレイラは元の世界に帰りたい。

 これ以上、恋愛にも変な事情に関わるのも、巻き込まれるのもいやだった。

「食事、もう終わっていい?」

「いや……食べろ」

 レイラの言葉にはっとして、ラディスは食事をレイラの口に運ぶことを再開する。

 あ、食事させるのは続けるのか。

 ラディスの膝の上で食事をしながら、レイラは遠い目をして抵抗することをあきらめる。 

 レイラは考えることを放棄してリリンや、ラディスのことを頭の中から追い出した。