先生に連れていってもらった先には、翔がキョロキョロと見回している姿があった。

「しょうちゃん!」

成美は咄嗟に叫んで、駆け寄った。

「成美…」

成美の顔を見て安心したように、翔は泣き出した。

「しょうちゃんどうしたの?みんな待ってるよ?どうして遅れたの?」

「ママが…っ、がっこーの前で…、」

         ♥

校門で翔はワクワクしていた。

大きな休みを挟んでまた成美に会えること、さらに新しい生活が始まることに胸が膨らんでいたからだ。

すると突然、ママが手を離した。

腕時計を見て、急いだように

『ここ歩いていけばセンセイいるから。話しかけてね!ママはお母さん達のところ行くから、後で会おうね』

と、足早に去っていった。

翔は歩いていけ、と言われてもどこに行けばいいかわからなかった。

校門は通ったものの、入口の場所がわからなかった。

間違えて、職員用玄関に行き、先生達が一人もいないことを確認した。

(他のところにいるのかな)

そう思ってグラウンドを抜け、向かいの中学校に行った───。

         ♥

翔は中学校を指さして言った。

「そしたら…っ、あっちのがっこーのセンセイが…、疲れて座った僕を見て…電話した…」

「だから私が迎えに行ったのよ。」

翔の肩に手を置いて、安心させるように背中を摩ったセンセイは、のぞみを見た。

「放送で、保護者さん達には遅れるって言ったわ。6年生に、もう始まるって伝えて。終わったら、翔くんのお母さんには私が伝える」

のぞみは相槌を打って去っていった。

ただ、成美のことは忘れていないようで、「後で戻って来てくれる?さっきの場所だから」と言ってくれた。

「成美ちゃん」

先生に名前を呼ばれて、返事をした。

辺りを見回すと、やはり他の先生達は準備で抜けたようだ。

「先生まだやることがあるの。さっきおねーさんといた所あるでしょう」

体育館へ繋がる通路を指さした。

「うん。」

成美も指された方を見て、応えた。

「あそこに、おにーさんおねーさんいっぱいいたでしょ?」

もう一度相槌を打つ。

「1人だけ、誰とも手を繋いでいないおにーさんがいるはずなの。その子は、多分翔くんのペアよ。」

成美は頭の中でさっきまでの様子を思い返した。

微かな記憶を頼りに、前から1人ずつ、頭の中で6年生を見ていくと、確かに周りを見渡して手を開けている男子を思い出した。

「センセイ、私わかるよ!そのおにーさんわかる!」

「よかった。じゃあ、翔くんを連れてってあげて」

翔の手を引いた成美は、「行くよ」と声をかけて堂々と歩き出した。

のぞみに1歩近づいた気がして、嬉しかった。

         ♥

無事に入学式が終わり、荷物も全てまとめた。

全員で学校のルールを確認した後、校内を回った。

これで今日は解散だ。

「しょうちゃん、ママのところ行こー」

「うん!」

いつのまにか涙も止まり、元の翔に戻っていた。

成美も泣き虫だった。

でも自分より泣き虫な翔を見て、自分が泣いてどうするんだ、という考えを持つようになっていた。


成美のママと翔のママは仲がいい。

家も近所だし深い関わりを持っている。

よくBBQをしたり、お泊まりしたり。

だから、成美達がママの元へ駆け寄った頃には、2人は仲良く話していた。

「ママー!!」

2人は手をブンブンと振って走っていく。

「成美!」

「翔!」

2人でママにハグをしながら、顔を合わせて笑った。

幸せだった。

ずっと、このままが良かった。

         ♥

「成美〜!」

遠くから香織が走ってきた。

「香織!どこいってたの?」

「がっこー回ってた時に、ハンカチ落としちゃって。探してたの」

香織は、しっかり者だ。

小さな頃から、ずっと成美を支えている。

「そうなんだ!ハンカチは見つかった?」

「うん!ちゃんと見つかったよ!」

香織は、昔、成美とお揃いにして買ったハンカチを差し出して見せた。

真ん中に、香織の『K』成美の『N』。

筆記体で『K&N』と、記されている、色違いのハンカチだ。

香織が青。成美が赤。

「持っててくれてるんだね!」

「うん!成美は?」

「私も持ってる!」

2人は手を高く上げてハイタッチした。

それを、翔は遠くから眺めていた。

「あ、しょうちゃん!香織、いたよ!」

「…うん」

さっきよりも翔は沈んでいた。

「どうしたの?悲しいの?」

「ううん、大丈夫」

そう言って、ママの方に行ってしまった。

成美は首を傾げた。



「失礼ですが、翔くんのお母様ですか?」

成美達の方に、担任の先生が歩いてきた。

「え?えぇ、そうですが…。」

「私、担任の 森 明日香 と申します。」

「森先生ですか。」

「はい。翔くんのことで…」

森は、さっきまでの事を話した。

それで入学式が遅れたことも。

「…ということがあって」

「え!じゃあ入学式が遅れたのは…私のせいだったんですね…すいません」

翔のママが頭を下げて謝った。

「いえ!気になさらないで。ただ、伝えておこうと思っただけで…」

「ホントにすみません、私が急いだばかりに」

ペコペコと何回も頭を下げている。

親と先生の関係はこんなにも気まずいなんて、嫌になる。

もっとも、親と先生だけではなくて、大人というものはほとんどこんなものだ。

ママ達の周りで翔と成美と香織は走り回っている。

子供なんて、親が人前で隠していることを平気で言う。

大人よりも子供の方がずっと楽だ。

なのに成美は、ずっと大人になることを望んでいる。

のぞみのようになりたいからだ。

成美はまだ1年生だから知らなかったが。

【のぞみ】という名前も、漢字で書けば

【望】

になるのだ───。