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「み、み、見てたのぉー!?」
香織の叫ぶ声と同時にボールが落ちた。
香織と成美が中学で配属した部はバレー部だ。
10分休憩の合間に、「顔真っ赤だった」と笑いながら伝えたらこの始末。
「だって私が水口先生に言ったんだもん」
「さ、先に言ってよ…」
「先っていつよ!」
水口のおかげで香織は今までよりもヘナヘナになってしまった。
「ちょっと香織、しっかりしてよ。あんたそんな奴じゃないでしょう。」
「だって…あんなカッコイイ人他にいないでしょ…」
「SNSに【親友、遂に恋する】って書き込んでもいい?」
「ダメ!!」
部活の先輩たちがこっちを見ながらクスクス笑っている。
正直怒りっぽくない先輩で良かったなと感じた。
「ほら、また耳真っ赤。」
香織が今まで恋したことはなかったから、こんなにもわかりやすい人だとは思ってもみなかった。
「でもまさか初恋が先生だなんてねー」
「…痛いとこつかないでよ。」
「別に誰もダメとは言ってないよ」
「社会的に、世界的に、一般的に、年齢差的に、ダメでしょ。」
「卒業しちゃえばいいし、年齢なんて関係なくない?」
香織はなんでも人を基準にしてしまう。
たまには自分を基準にしてもいいのに。
他人の目なんか気にしなければ楽なのに。
香織を見ていて唯一モヤッとする事がこれだった。
「いいねー同い歳が初恋の人は。」
頭に手をやって馬鹿にしたように香織が歩き出す。
「し、翔ちゃんは!…きっと他校で…好きな人作ってるよね…」
誰に向けてでもなく、ただ言葉にしてしまった。
自分が不快になるだけの言葉を自分にふりかけて。
毎日毎日辛い思いをするのは、自分のせいなのに。
なのに、全部人のせいにしたり、八つ当たりしてしまったり…。
自分の嫌いな所は、これだ。
成美が俯いていると、香織が寄ってきた。
「ねぇごめんって。そんな顔しないで。ホントに羨ましいって思うよ、同い歳が初恋。それに、人それぞれだからいいじゃない」
顔を上げると、香織は笑っていた。
「アメリカでは30の年の差の人と結婚した18歳もいる。」
人差し指を立てて偉そうな雰囲気で話し始めた。
「あれは漫画の世界じゃない。フィクションでは無い。ちゃんといるんだよ。無理に40歳50歳の人と結婚させられる人が。」
「…辛いね」
「うん。私もそんなのやだよ。でもさ、無理に、じゃなくて自分の意思だったら?」
「自分の…?」
「そう。私みたいに、教師を好きになってしまったり、命の恩人を好きになってしまったり。そしてその人が50でも40でも好きになったなら年齢なんてなんでもいいよね。」
「確かに。」
「だから人それぞれなんだよ。私は同級生に恋するって、良い、だけじゃなくて奇跡だと思うよ」
「そんなことないよ。同級生なんて何人もいるじゃん。ましてや幼稚園が初恋だよ。何歳になっても同級生はいっぱいいるよ」
香織の話に一時納得したけれど、やっぱりよく分からなくなってしまった。
香織の頭の中は絶対に何か強いものが詰まっている気がする…。
「でも奇跡だよ。周りの同級生にイケメンがいなーい、性格いい人いなーいって言う人いっぱいいるでしょう。」
「まぁね。でも一部の人じゃん」
「初恋が同級生なのも一部の人だけでしょ」
矢が的に的中したような顔で指を指してくる。
「……そうだね」
降参したように成美は手を挙げた。
「まぁ何となく香織の言いたいことは分かったよ」
香織がずっとドヤ顔をしているので、成美も
「で、先生はどうするの」と仕返しをしてみた。
「そ、それはぁ…考える?」
「考えるって何よ!」
「とにかく、アピールするしか無いでしょ。あー担任が良かったなぁ。」
香織が嘆いたのと同時に、
「10分休憩終わりー!1年生ボール拾い!2年生打込み!3年生が退部したんだから1年生その分頑張れ!」
部長が休憩の終わりの合図を告げた。
部長も優しい人で、よく褒めてくれる。
「はい!」
1・2年生が返事をし、部活は再開された。

