「なにそれー。そういうの気になるじゃん」
「忘れてって」
「そう言われると余計忘れられない」
「じゃあずっと気にしとけばいいよ。ほら、写真撮れって」
手で払うようにして顔を背けた彼に、首を傾げてカメラに月を映す。
そのうち彼はガシャン、と音を立ててフェンスを背にもたれかかった。
このカメラには、桜の花びらが散る瞬間のはかなさとか夜が明けて朝日が昇るうつくしさ、落ち葉の欠片が集められたせつなさとか、いっぱいいっぱい詰まっている。
「ちょっと貸して」
「……これ?」
腰を上げながら、「そう」と短く返事をしたリオに、カメラの紐をくぐって手渡した。
珍しい。リオがカメラを貸して、なんて言ってきたのははじめてのことだったから。
「これさ、現像して俺にちょうだいよ」
「えー? いいけど、どうしたの急に」
「いーじゃん」
有無を言わせない態度に、「わかった」と頷くと、彼は口角をあげて「よろしくー」と言った。
そうしてカメラを片手に「なに撮ろっかなあ」とぼやいている。
手持ち無沙汰になったわたしは、なんとなく空に手を翳した。
朧気で曖昧な輪郭を指先でなぞるようにしてその月を見上げる。
さっき写真に収めたばかりのその月は、肉眼だとまた違って見える。あまりにも遠すぎるその距離に、この距離が縮まることはないんだろうなあ、と思うとちょっぴり悲しくもなる。
さっきよりも傾いた、その月は群青に消えそうだ。



