お母さんお母さん……

 お母さんの夢を見ていたみたい。

 しゅうしゅうという人工呼吸器の音。

 ベッドでは眠る前と同じでお母さんは目を閉じてベッドに横たわっていた。

 妹の美都もお母さんのベッドに顔をつけて眠っている。

 机の上には説明書と同意書が数十枚置かれている。

 病院に着くなり看護士さんに渡された。

 大人の親戚の人に書いてもらってね。

 「お母さん。お母さんはいつも、世の中捨てたものじゃないって言ってたのに。どうしたらいいの」

 こちらですと看護士さんの声がして、集中治療室のカーテンが開いた。

 「どう?蛍子ちゃん?お母さんの様子は」

 同じクラスの後藤くんのお母さんが来てくれた。

 わたしはおばさんにしがみついて泣きたかったが、おばさんのうしろに後藤くんもいた。

 あやうく後藤くんにみっともない姿を見られるところだった。

 気の弱い後藤くんがうつ向いていた。

 いつもは後藤くんとわたしが同じ帰り道の下級生を引き連れて各家に送り届ける役目なのだが、五時限目に先生にお母さんが倒れたことを聞いて学校を早引きしたのだ。

 「ごめん。余計なことして」

 後藤くんが首をすくめて申し訳なさそうにわたしに言った。

 ふだんのわたしなら一発回し蹴りを入れているところだ。

 「ううん。ありがとう」

 照れくさかったが素直に後藤くんにお礼を言った。

 美都を連れて初めてバスに乗り、病院に来て、いきなりいろんな書類を渡されて、お母さんは寝たままで、正直こころ細くて泣きそうだった。

 「さあさあ今日はうちに泊まりなさい。先生もお母さんはもう大丈夫って言ってたから。あとは看護士さんに任せて」

 そういうと後藤くんのお母さんは大きな紙袋をロッカーに入れて、机の上のいくつもの書類を自分のショルダーバッグに丁寧にしまった。

 「ロッカーにお母さんが要りそうなバスタオルなんか入れてあるからね」

 いつの間に間にか美都も目が覚めていて後藤くんに回し蹴りを入れていた。

 「行こ行こ。お姉ちゃん。後藤ありがとーありがとー」

 後藤くんの家に泊めてもらえるのが美都には旅行記聞なのかもしれない。

 お母さんは朝から晩まで働いて、わたしも美都にあまりかまってあげれなかった。

 そうだね。美都にもごねんね。来る途中も初めてのバスで嬉しそうだった。

 人工呼吸器のしゅうしゅうが

 一定のリズムを刻み

 蒸気が音符のように天井付近で消える。

 やがて蒸気の音が歌となり

 ○○○○

 が

 ×××××××××××

 を歌っているかのような錯覚にとらわれた。

 みんながお母さんの寝ている集中治療室から出て行き、

 最後にわたしはカーテンをめくってお母さんに謝った。

 「お母さんのいう通り。世の中捨てたものじゃなかったね」