玄関のチャイムが鳴った。

 姉さんが突然来るというので待っていた。

 姉さんと会うのは1年くらい振りだった。

 あたしはインターホンで「だれ?」と聞いた。

 「私!!私よ!!」

 姉さんの声だったが、一応覗き穴を覗いて見た。

 ぼやけて見えなかった。

 「どうしたの?」

 玄関越しに姉さんに声をかけ、玄関を開けた。

 あたしは上を向いて上がらないまぶたと目の下のほんのわずかな隙間から姉さんを見ようとした。

 「おばさん、目開いてないよ。寝てたの?」

 小学校三年生の姉さんの息子の声がした。

 「あら、良ちゃんも来ていたの?入って入って」

 あたしは右手でまぶたを上に引っ張りながら姉さんたちを招き入れた。

 姉さんはコートを脱ぎながら矢継ぎ早に聞いてきた。

 「あなたその目どうしたの?」

 「あなただんな様は?」

 「あなた病院通っているって?」

 「あなた……」

 「姉さん、もういいでしょ!!」

 あたしは、姉さんの問いかけがあまりに矢継ぎ早だったので途中で遮った。

 さらに右手でまぶたを押し上げて姉さんをよく見た。

 姉さんはまだ口をパクパクさせていた。

 「良ちゃん、そこにコーヒー用意してあるから、ポットのお湯入れてあげて。良ちゃんはジュースが冷蔵庫にあるから」

 あたしはひとしきり姉さんの質問に答えた。

 昔の病気がぶり返したこと。

 それで二時間かけて国立の病院に月一回通っていること。

 夫は運動療法で毎日二時間かけてウオーキングしていること。

 話が途切れてコーヒーをすすってひと息着いた頃、良ちゃんの携帯電話が鳴った。

 「あっ、おじさんから」

 あたしは姉さんと目を合わせた。

 「はい。はい。あっお母さんと代わります。はい。姉にあたります」

 良ちゃんが電話を姉さんに渡した。

 「姉さん、後で代わって」

 のっぴきならない雰囲気を感じた。

 落ち着きを取り戻していた姉さんが、電話を代わってから慌てた感じだった。

 「えっ!!はいはい直ぐに行きます!!はい!!」

 姉さんは携帯電話を良ちゃんに返しコートを抱えて玄関に走った。

 「代わってって言ったのに!!」

 「良!!あとは頼んだわよ!!」

 
 腰を上げたあたしに良ちゃんが右手でまあまあと手を振り冷静な口調で言った。

 「いいからいいから、お母さんに任せておいて」

 良ちゃんが携帯電話を操作しながら一連の出来事を説明し始めた。

 昼休みに携帯電話を見ると、うちの人から良ちゃんの留守録に、息がきれぎれの伝言が入っていた。

 聴くと明日叔母さんの病院だけど行けそうにないから、お母さんに連れてってくれるよう頼んでおいてというメッセージ。

 それで姉さんが胸騒ぎを感じて1年振りに家に来たという。

 さっきの電話は病院の人で、うちの人の携帯電話の直近の発信先にかけてみたらしい。

 「病院?うちの人の携帯電話?」


考えがまとまらないでいると、突然うちの人がまだ帰っていないことに不安を感じた。
 
 「あっ!!うちの人うちの人が帰って来てない。良ちゃんうちの人が帰って来てない!!探しに行くから留守番してて」

 良ちゃんがあたしの手を押さえた。

 「だから今お母さんが行っているから」

 「良ちゃん!!うちの人が帰って来ない!!良ちゃん!!」

 「大丈夫だよ。看護士さんが大丈夫って言っていたから」


 「えっ」

 
 良ちゃんの静かな口調があたしに少し冷静さを取り戻させた。


 「明日、ぼくがおばさんの病院に付き合ってあげるから、二時間かかる病院の行き方を検索してるんだよ。叔父さんの方はしっかりもののお母さんに任せておいて」

 病院という言葉に食後に飲む薬を思い出した。

 あたしは薬を取り出した。

 やけに指先が小刻みに震えている。

 あたしは微かに見えるテーブルの上の水のペットボトルを引寄せた。

 あたしは半錠のマイテラーゼを口に入れた。
 
 あたしはペットボトルの水でマイテラーゼを飲み込んだ。

 あたしは次に胃薬を口に入れて飲んだ。

 「いけない。胃薬はしばらく口に含んでいなければいけないのに、一緒に飲んじゃった」

 良ちゃんがチラリとこちらを見、目線を携帯電話に戻した。

 

 テーブルの上のあたしの携帯電話が振動し、姉と表示した。

 テーブルの振動は

 あたしの身体中に伝染し、

 身体中から飛び出す

 頼りない音符を震わせた。

 そのとき

 ○○○○

 の

 ××××××××××××××
 
 が流れ

 あたしの僅かに開いた目を

 押し上げようとした。

 胃薬の苦みが口いっぱいに広がり

 

 残りの音符が頼り無さげに口から溢れだした。