悲しみの扉の向こうで小学三年生のわたしが泣いている。

 成績は上位だった。

 性格は明るい方だった。

 ある意味世話焼きおばさんの面もあったと思う。

 悲しみの扉は分厚かった。

 居残って好きな男の子に漢字の宿題を手伝ってあげた。

 彼はわたしが好意を覚えていることを知っている。

 彼、たむくんはおもしろく人気者でモテていた。

 帰り道は方向が同じでたむくんグループのうしろを、わたしたちグループのわたしと愛と望がついて帰る。

 「あっ!!踏んだ踏んだ!!」

 「たむが犬のうんち踏んだ」

 たむくんが右足を後ろに曲げてスニーカーの裏を見ている。

 わたしははしゃいでいる他の男子を押し分けてたむくんに近づいた。

 「くつ脱いで。学校に戻って洗ってくる」

 瞬間世界が真っ白になった。

 声だけが聞こえる。

 「何したの!!」

 「謝って!!」

 「かんなに謝って!!」

 愛が泣き出した声。

 望が泣きそうな声で大丈夫大丈夫と、わたしのくつを脱がした。

 世界に色が戻ったとき、ゆっくりと望の方を見た。

 望がそば屋の入り口脇の水道で、

 わたしのくつを泣きながら

 洗っている姿を見て

 涙が溢れだした。

 わたしの大好きなたむくんが

 わたしのくつに

 こすり付けた。

 あの日から、わたしの悲しみの扉は開かない。

 誰とも口をきけない。

 引っ越しても引っ越しても

 誰とも口をきけない。

 十年経っても三十年経っても

 五十年経っても。

 わたしの悲しみの扉の向こうに

 歌

 は

 無い。