なぜ忘れてしまっていたのだろう。

 もう5年も前のこと。

 僕たち仲良しグループは置き去りにされた子猫の面倒をみることにした。

 明野が海辺の船で飼おうと言い出した。

 その船はもう使わなくなった古びた漁船で海辺からかなり離れた砂浜に留められていた。

 僕たち男子3人組は子猫を船底で飼うことに決めた。

 給食のパンや牛乳を持ちより毎日のように子猫チョロンに会いに行った。

 漁船は後部に船底に入るふたがあり、ふたを開けて底に置いたミカン箱に足をかけて降りた。

 底は船の側面の板の隙間から日が差している。

 チョロンに給食の残りを食べさせて、それぞれが声をかけ、抱いたり撫でだりした。

 みんなが黙り込むと帰る合図となり、私たちはミカン箱に足を置いて腕の力で上に上がった。

 「正雄さん。来美あねごに言っといて下さいよ。子分にして欲しいって」

 もともとは明野は僕をいじめていた。

 ある日おかしいと気づいたお姉ちゃんが小学校に来ていじめの現場を目撃した。

 そして明野はお姉ちゃんがいじめてくると先生に嘘の告げ口をした。

 まさか先生が教室にお姉ちゃんを呼ぶとは思っていなかった明野たちは慌てた。僕をいじめていたことがばれるからだ。

 だがお姉ちゃんは無言でみんなの前で先生の平手打ちを受けた。

 そして僕をいじめていた明野たちのことを告げ口することもなく無言で教室を出て行ったのだ。

 その時以来、明野たちは僕をさん付けで呼び、お姉ちゃんの子分になりたいと言い出したのだ。

 表向きは僕たちがいつも連れ立っていたので仲良しグループと周囲に見られていた。

 もともと僕をいじめるため登下校一緒だったから。

 僕たちが本当に仲良くなったのは、捨て猫のチョロン面倒みてかだった。

 僕たちを仲良くしてくれたチョロン。
 
 だが、


 五年生になると、明野はクラブ活動が忙しくなり、幸田は塾に通い始めた。

 僕は姉が待っているからという理由をつけて急いで帰る毎日だった。

 

 チョロンに会いに行かなくなったのはその頃だったと思う。

 あれから5年。すっかり忘れていた。

 チョロンをあの船底から出してあげたのだろうか。

 思い出せない。

 

 ヒゲがチョロンと短いので名付けたチョロン。

 ほったらかしにしてしまった罪の意識

 と

 なつかしい思い出

 と

 今はもう連絡もしていない仲良し三人組
 
 と
 
 この胸の痛みが

 まじわらないで

 一直線に心の響きとなって天に向かう。

 まるで
 
 ○○○○

 の唄。
 

 ×××××××

 のように。