保健室の一角に新設されたカウンセリングルームの扉が開いた。

 「こんにちは」

 「えっ?どうしたの?」

 「入学式初日はダメですか?」

 「座って。はじめまして。私はカウンセラーの勝也と言います」

 「‥‥か‥‥ぜき‥‥くるみです」
 
 「この用紙に必要事項を書いてね」

 私は八年いろんな中学校でカウンセリングをしてきたが、入学式初日に相談を受けるのは初めてで、少しドキドキした。

 「何か淹れてくるからゆっくりでいいよ」

 カウンセリングルームは保健室の奥に位置していた。

 カウンセリングルームの扉を開けると、左手の壁を正面にして事務机が二つ並べられている。

 奥の机にはノートパソコンが置いてあり手前の机の側面にクライアントの椅子がある。

 カウンセラーが壁に向かってパソコンを操作し、座っている椅子を左に九十度回転してクライアントの表情を伺う形である。

 私は問診票に記入している彼女を見ながら席を立った。

 彼女は顔を上げず返事もしないで記入することに没頭していた。

 入り口の扉を背にして窓を見ると春の日差しが眩しかった。

 私は右手のカーテンでしきられている給湯室に入った。

 小型の冷蔵庫から紙パックのミルクをカップに注ぎレンジのメモリを二分に合わせた。

 チーンと部屋に響いて私は席に戻った。

 ホットミルクを彼女のそばに置いて、シュガー入れる?と聞いたとき初めて彼女は顔を上げて私を見た。

 ミルクと私の顔を交互に見て、やがて怒りの表情を浮かべると彼女は机を叩いてカウンセリングルームから出て行った。 

 「おや風来さんだね。担任の‥‥」

 カウンセリングルームの外で桐谷先生の声がしたが、彼女はドタドタと音を立てて保健室から出て行ったようだ。

 私は前途多難だなと呟き彼女の書きかけの問診票に目を落とした。

 「風来来美。一年?組。おや?まだ彼女は何組かも知らないうちに相談に来たのか」

 私は用紙を手に取り書きかけていた文字を追った。

 几帳面に何度も書き直した消しゴムのかすと、

 小さな文字と

 文字がこすれて汚れた用紙と

 ホットミルクの湯気が

 なんだか春の陽気につられ

 ○○○○

 の

 ×××××××

 の歌が

 頭の中をめぐり

 私は私の恩師であるカウンセラーの顔を思い出した。