何十回と日が上り否が沈みまた日が上った朝に私たちの隠れ部屋の襖が開いた。

 幕府のお偉いさんから国を護った私たちに御馳走の褒美がいただけるという。

 大伯母が私たちを見回してひとつ頷いた。

 将軍様からこの隠れ家に招かれて以来、大伯母は毎日のように私たちに念を押してきた。

 「いいかい。幕府の方々に逆らっても不満顔をしてもいけない。ただ言われることを聞くだけだ‥‥」

 「私たち一族はそうやって何代も生きてきた。そして力を伝えてきた」わたしは大伯母の言葉を反すうした。

 将軍が現れ「こちらです」と奥の部屋に案内した。

 「かな。もしかして国の王様に会えるの?」

 「王様?さあ、お殿様というのか天皇様というのかよく知らないけれど、とにかく国を動かす人らしいよ」

 杏に聞かれたがわたしもよく知らないのでおばさんが言っていたことを言った。

 将軍が扉を開くと、だだっ広い板間に食事が用意されていた。

 さらにその奥の三尺ほど高い舞台に、ひな祭りの階段上のひな壇があり真ん中に玉座があった。

 「皆さん。お食事の前に幕府最高官からお話をいただきます。こつらへ」

 そう言って将軍様は舞台の袖まで行き、横の幕をずらすと人の背丈ほどの戸口が現れた。

 ちょうど舞台のひな壇の側面の戸口で部屋はひな人形の下にあたる位置だった。

 先導者の大伯母がもう一度振り返り皆を見、少し頭を下げて入って行った。

 「どうぞどうぞ。私はここまでです。私のお会いしたことはありませんが、最高官はとても穏やかなお方らしいです。安心して」

 やけに丁寧な将軍様が滑稽にみえて吹き出しそうになるのを我慢して杏の顔を見ると、杏は軽く首を二度振った。

 笑ってはいけないと気を引き締めて杏に続きわたしも戸をくぐった。

 中は薄暗く灯りが最高官の机の両脇を照らしていた。

 わたしたち女性一族十数人が入ると部屋はいっぱいになった。

 机の向こうに立っていた小柄な男が机に両手をつき喋り出した。

 「この度この国を救っていただいたことに感謝致します。わたくしはこの国を動かす管理人です」

 王でも殿でも元帥でも将軍でもなくこの国を動かすのは管理人だという目の前の小柄な男の言葉に一同がざわついた。

 「ありがたきしあわせにございます一族お褒めいただき嬉しく思います」

 すかさず礼を伝える大伯母の言葉に一同は冷静さを取り戻し、頭を下げた。

 「あなたたちはこの世に存在しません。敵国を追い返したのは神の国の神風ということになります」

 わたしたちはこの世に存在しないという管理人の言葉に殺されるかもしれないと思った。

 「それはあなたたちを守るためです。そしてまたいつかこの国を救っていただくその日のためにです」

 「招致しております。私たち一族はそうやって生きてきました」

 大伯母が相づちをうった。

 「わたくしはこの国の管理人、つまり戸籍を操る者です。あなたたちの戸籍を複雑に組み換え、一見何の関係もないひとりひとりとなります。ですが後々引き継がれる管理人はあなたたちの関係を祖先までたどることができます」

 お腹がぐうとなった。難しい話を聞くと頭を使いすぎてお腹が減る。

 「管理人さまに従います」

 わたしのお腹の音にかぶせて大伯母が返事した。

 管理人は家系図を広げわたしたちの名前を読み上げ、次にその上に家系図の十倍ほどの大きい紙を広げた。

 紙いっぱいに書かれた名前と矢印。

 その十倍ほどの大きい紙の端々に書かれたわたしたち一族の名前。

 めぐりめぐって皆の名字は風来となっている。

 ぼんやりわたしは神風が来るの風来かあと覚え、

 管理人さまは今の一族の戸籍紙三枚が、やがて背丈ほどの紙の分厚さになると言い、

 杏やおばさんたちと縁遠くなるのかと

 涙がこぼれ

 涙に関係なくぐうぐうお腹が鳴る。

 ぐうにかぶせる大伯母の声も遠くに聞こえ、

 管理人さまの声も

 大伯母の声も

 わたしのぐうも

 まるで○○○○の

 ××××××

 民謡の合いの手のように

 唄となり
 
 わたしと一族の間を埋めつくし、

 そしてわたしは


 意識が薄れていった。