「ただいま」

 「お帰り」

 「お母さん、今日はいたの」

 「ええ。来美、お使い頼まれてくれない?」

 いつもお仕事で家にいないお母さんが台所で何か作っていた。

 「徳間さんのところでお刺身買って来て。はい、ここに書いてある通りに」

 お母さんはあたしにICカードとメモを手のひらに押し付けるように渡した。

 「正雄に⋅⋅⋅⋅」

 弟の正雄に言ってと言おうとしたが、手を止めてあたしの目を見つめたお母さんの瞳が哀しそうだったので言えなかった。

 人と話すのは苦手だった。

 ましてや同じクラスの徳間の家のお魚屋さんで買い物なんてできっこないと思った。

 お母さんの瞳は、そんなことも出来ないの?と悲しみを訴えているように思えた。

 「行って⋅⋅⋅⋅きまーす」

 あたしはせめて徳間徹が店を手伝っていないことを祈った。

 お母さんが保健室の勝也先生に相談していることは知っていた。

 お使いはあたしの人見知りを治そうとしているのかもしれない。

 商店街に入ってすぐに徳間鮮魚店がある。

 身体が動かなかった。

 夕方のお買い物時間でお魚屋さんは忙しそうだった。

 徳間徹もテキパキとお客さんの対応をしていた。

 途中徳間のおじさんがあたしの方を指さして、徹の友だちだろ?と言う声がした。

 すると徳間がいっそうテキパキとお店を手伝い出したように思えた。

 一時間経ち二時間経ち、徳間徹は相変わらずあたしに自分の仕事ぶりを見せつけた。

 身体が冷えきった。

 徳間が話しかけて来たらお買い物メモを渡せそうだったが徳間はこちらをチラチラ見るだけだった。

 あたしは玄関を開けてそのまま二階に駆け上った。

 「ごめんね。来美」

 下でお母さんが申し訳なく声をかけて来たが返事をしないで大声で泣いた。

 「お姉ちゃんお姉ちゃん」

 「正雄?帰ってたの?あたし眠ってたみたい」

 「お姉ちゃん、また泣いてたの?ご判断食べようよ。もう七時半だよ」

 あたしと正雄が台所のテーブルにつくとご馳走が並んでいた。

 「お母さんはまた仕事に出たよ。ちょっと待って。お母さんからメッセージがあるから」

 正雄が携帯電話の録音を再生するとお母さんの声が流れた。

 ♪happybirthday to you ~
 ♪happybirthday to you ~
 
 途中から正雄も小さい声で手拍子しながら歌い出した。

 ♪happybirthday dear  来美~
 
 ♪happybirthday to you ~


 「来美!!お誕生日おめでとう~お母さんはいつもお仕事でいなくてごねんね~」

 「お姉ちゃんまた泣いてるの?」
 
 正雄が冷静に言い、お母さんの声が流れた。

「来美~生まれてきてくれてありがとう~」 
 
 「お姉ちゃんの大好物ばかりだね。シュークリームもいっぱい」

 お母さんの作ったシュークリームは膨らみが足りずぺったんこだった。
 
 「あれ?マグロのお刺身がないね」

 「いいのよ。その分唐揚げがあるから。早く食べなさい」

 「でもお、お刺身食べたかったなあ。お母さん忘れてるのかなあ。お姉ちゃんがお刺身好きなのを」

 「明日、徳間の店で買って来てあげるから早く食べなさい」

 実際、なんだか買えそうな気がしていた。

 お母さんが勇気を与えてくれたんだね。

 「よーし、明日徳間に言ってやる。徳間!!なんであんたの家がよりによってあたしの好きな魚屋さんなんだよ!!」 

 「えっ?」

 「いいから早く食べなさい!!」

 今日は

 お母さん

 の

 happybirthday

 の

 歌声が

 あたしの頭の中で

 響いてた。

 ずっと

 ずっと

 ずっと⋅⋅⋅⋅⋅⋅。