あの瞬間、頭が真っ白になった。にも関わらず、ちゃんと携帯を奪取してその場を去った私はやればできる子なんだと思う。
 だから今だって、やればできる。あんたのことなんて何とも思ってないよ、って。そういう、ふり。

「……俺だって、暇じゃねぇよ」

 ぽつり。
 吐き捨てるようなその声が頭上から落ちてきて、視界が陰る。

「っ」

 ちらり、その方向へと目玉を動かした瞬間、強く肩を押されて、ぐるりと視界が流れた。

「……たい、なぁ……何なの、」

 背中に、ソファの柔い感触。流れた視界の背景は、壁と垂れ流しのテレビから天井へ。

「……ん、とに、俺に興味、ねぇんだな」

 ただ、逆行のせいか、覆い被さる染谷の表情(かお)はよく見えない。

「……退いてくれない?」
「って言われて退くくれぇなら(はな)から押し倒してねぇんだわ」

 じわりじわりと、視界を侵すように顔を近付けられて、押さえつけられている肩にさらなる圧がかかる。
 いや、痛いんだけど。
 顔をしかめ、不快感を全面に出す。

「なぁ、」
「……何」
「お前の優しい優しい彼氏は、二回目も許してくれると思うか?」

 けれどもそれは、くつりと鳴らされた喉と共に、一笑に()された。