“狐面さん”――誰が最初にそう呼んだか定かじゃないが、図書館の司書をそう呼ぶ。別に狐面をつけてるわけでもないから、おそらくは名字の狐森からだろう。



狐森縁(きつねもりえにし)。年齢不詳。見た目は十代後半くらいに見えるが、本人曰くそんなに若くもないとのこと。しかしどの年齢も否定するため、年齢不詳で定着。司書と宮司を兼任していたりと謎も多く――ちょっと風変わりな人である。
 



そして、また呼ばれる。



「月島」

「ほんと人の話聞きませんよね。むしろもう才能ですよそれ」

「才能じゃない、ふつうだ」



幾度ともなくこんなやりとりを繰り返している。一応念を押しておくと、喧嘩ではない。



正直もう読書する気も失せてしまった少女は、ため息混じりに言った。



「――それで、今日はどんな話なんです?」

「なんだ。月島もやっぱり楽しみにしてるんじゃないか」



勿忘草図書館にカスタード色の時間が流れる。


穏やかで優しくて、ほんの少しだけあまい。