「私ずっと日野に嫉妬してた」
紗枝はカバンを乱暴に床に置いた。
「私の方が先に蒼を好きになったのに、地味でブスな日野がどうして蒼と付き合うのって……」
座ったままの俺を見下ろす紗枝は見慣れた怒った顔のはずなのに今日は泣きそうにも見える。
「だから二人が別れればいいと思った。日野を傷つけたかった」
「紗枝……」
こんなふうに思っていたなんて知らなかった。俺は紗枝のことを今日まで何も見ていなかった。
「すごく癪だった。日野の代わりにされてるのは。だから絶対蒼と別れないって意地になった」
「ごめん……」
紗枝に隠しきれていなかった気持ちに今更申し訳なさが湧き上がる。
こんな俺が薫に好かれるわけがない。
「何をどうやっても蒼は私のことなんて本当に好きになってくれなかったから……私はもう身を引く」
紗枝はテーブルの上に鍵を置いた。ずっと返してくれなかった鍵を今日はあっさり手放す。
「蒼と付き合った時間はマジで無駄だったー」
「本当にごめん……」
「もう同じことはしないようにね」
紗枝の顔を見ると眉間にしわを寄せている。
「フラれた男を応援するのは嫌なんだけど、もっと頑張りなよ」
「え?」
「何年も好きだったのなら私みたいに中途半端にしないでちゃんと話し合ってね」
「うん……」
「日野とのこと、邪魔してごめん……」
迷いながら頷くと紗枝は「それじゃ、バイバイ」と言ってカバンを持つとあっさり俺の部屋から出て行った。
彼女がいなくなっても俺はずっと玄関に頭を下げ続けた。
自分のことしか考えていなかったせいで薫も紗枝も傷つけた。俺ってクソ野郎じゃん。
紗枝に背中を押してもらったんだ。ここで薫まで離してしまうなんてできない。



