「氷室さんは蒼くんのために一生懸命だったんでしょ?」
私だって同じだ。子供の頃から何度も作ったから今こうして仕事になっている。
「その気持ちを私とも誰とも比べないであげてよ」
私の言葉に蒼くんはハッとした顔をして手を離した。
「ごめん……」
「私の時も蒼くんは誰かと比べてた?」
「いや……」
「私が作ったお菓子を下手くそだってバカにしてた?」
「違う!」
「もういい。今日で全部終わりだから。何も聞きたくない」
これ以上傷つけ合う会話をしたくない。
「俺は本当に薫が好きだ」
「だとしたら私の復讐は成功だね。蒼くんをもう一度振るのが罰ゲームの仕返し」
街灯に照らされた蒼くんの目に涙が溜まっているのが見える。
こんな時に泣かないでよ。泣きたいのは私だよ。
「私も嘘で蒼くんを好きだって言ったから満足だよ。こんなバカみたいな罰ゲームの延長は終わり」
「勝手に延長ってことにしないで。俺の中では延長なんてしてなかった。罰ゲームは終わってた!」
「じゃあチャラだ」
いつの間にか視界が霞む。私の目からも涙が溢れる。
「さようなら。もう追いかけてこないで」
そう吐き捨てて私は蒼くんから離れて駅までの道を駆ける。パンプスでは走りにくい。すぐ追いつかれてしまうかもしれないけれど、蒼くんはその場に留まったようだ。何度も追いかけてこないでと言ったから、今日こそは諦めてくれたようだ。
これでやっと蒼くんと縁が切れる。そう思いたい。
復讐が成功したはずなのに全然嬉しくない。それどころか私が罰を受けているような感覚になる。
蒼くんに会いたくなかった。私たちは再会するべきじゃなかった。自分がこんな嫌な人間になれるんだって知りたくなかった。こんな恋をしたくはなかった。



