失言だと瞬時に気付いたのか私の顔色を窺う蒼くんは慌てて「とにかく戻って」と私の腕をマンションまで引こうとする。だから私は足を踏ん張った。
「あのさ、いい加減気付いてよ。蒼くんも私の気持ちを本気だなんて思ってないでしょ?」
「どういう……意味?」
「私、蒼くんのこと好きでも何でもないから」
不安そうな顔に向かってはっきりと言い放つ。目を見開く蒼くんに続けざまに「どうせ蒼くんも私のこと本気なんて嘘でしょ? お互い様でお相子だね」と精いっぱいの作り笑顔で言った。
腕を掴んでいる蒼くんの手が震える。
「氷室さんとも再会しちゃったのは気まずかったけど、はっきり分かってすっきり」
「紗枝は薫の代わりだった……」
「どういうこと?」
「薫に振られたのがショックで氷室と付き合った。同じ高校で、薫と過ごした時間を共有してるやつなら誰でもよかったんだ」
「そんなの……」
酷い理由だ。恋人として時間を消費してきた相手のことなんて何とも思っていない。
「でも辛いだけだった。薫と付き合った時間が楽しかったから余計に比べてしまう」
私が知らない蒼くんが怖い。こんなに酷い人だなんて思わなかった。
「薫とは全然違った……見た目も声も……作ったお菓子の味だって」
「作ってくれたことあったの?」
あの家にあった調理器具はやっぱり氷室さんが揃えたものだったのだ。
「クッキーもケーキも、薫とは見た目も味も比べ物にならない。何度練習しても上手じゃないし」
「自分の言ってることが最低だって分かってる?」
蒼くんはもう私の知っている蒼くんじゃない。こんな思いやりのない言葉を吐く姿を見たくなかった。



