「っ……」
このタイミングで会いたくない人が現れて驚いた。氷室さんも玄関に私たちがいると思っていなかったのか目を見開いて言葉を失っている。
「紗枝……」
蒼くんが氷室さんの名前を呟いた瞬間我に返った。
「何で来たんだよ!?」
怒りのこもった声を蒼くんが発すると氷室さんは動揺しつつも「荷物取りに来るって言ったじゃない」と返した。
氷室さんが鍵を開けて入って来たってことは、やっぱり合鍵持ってるんじゃん。
「氷室さんだったんだね。この部屋にある色んなものを共有してる人って」
「え?」
私の質問の意味が分からないのか氷室さんは私と蒼くんを交互に見て様子を窺っている。
「二人が付き合ってるって気づいてるから」
「違うよ薫!!」
蒼くんが驚くくらいの大声を出した。
「なんとなく氷室さんに監視されてる気がしてて、でも気のせいじゃなかったね」
「は? どういう意味? あなたもしかして日野?」
相変わらず委縮させる口調の氷室さんは私を見て驚いている。
「もう帰るので、どうぞ存分に私を笑ってください」
「待って薫!」
蒼くんの声を無視して慌てて氷室さんの横を抜けて外に飛び出した。
「薫!」
マンションの階段を駆け下りると道路に出た。全力で走っても追いかけてきた蒼くんに追いつかれて腕を掴まれた。
「待てって!」
「放して!」
「話を聞いて!」
「聞きたくない!」
「紗枝とはもう終わってるんだって! あいつが急に来たのは家に残した荷物を取りに来ただけ!」
「どうでもいい! どうせ私の反応を見て楽しんでるんでしょ!」
掴まれた腕の力があまりにも強くて振り払おうとしても蒼くんは放さない。



