蒼くんは精いっぱい笑顔を作っているように見える。私が断ってショックを受けているのか、誘いに乗らないことでプライドを傷つけられて怒っているのか、その顔からは判断がつかない。
「最後にもう一回抱き締めていい?」
「えっと……うん」
そう言うと蒼くんは今度は前から私を抱きしめる。
「薫、好きだよ」
耳元ではっきりと言われると体が小さく震えた。
「俺を嫌いにならないで」
意外な言葉に体を離して蒼くんの顔を観ようとするとより一層強く抱かれる。
「蒼くん?」
「大事にする。薫を大事にするから」
その言葉に涙が出そうになる。
今聞きたい言葉じゃなかった。嬉しいはずの言葉を言われることが辛い。もっと早く本当の恋人になりたかった。
「もうだめだよ……」
気持ちをぶつけられることが辛い。
これ以上蒼くんにも自分にも嘘をつきたくない。傷つけたくないし傷つきたくない。
全部が演技だとしたら蒼くんは相当な役者だ。
「だめって?」
「蒼くんと居るのが辛い」
「え?」
驚いた蒼くんは私の顔を覗き込む。
「もうやめよう。付き合うの辛い」
「薫?」
私は蒼くんの体を軽く押して距離を取った。
「ごめん……蒼くんとはもう会わない……」
「え、何で!?」
「もう嘘つかないでいいよ。私のこと好きでも何でもないでしょ」
蒼くんは顔から血の気が引いた。
「え? 何言ってんの?」
「私も同じだから」
「ちょっと待って! ちゃんと説明して!」
こんな風に狼狽する蒼くんを見るのは6年ぶりだ。私から別れようと言った時と同じ顔をしている。
その時玄関のドアの向こうから音がした。鍵穴に金属がぶつかる音がしてドアノブが揺れる。開いたドアから顔を出したのは氷室さんだった。



