紗枝は答えることなく俺の横を通り抜け、「私は別れないから!」と言い捨てて勢いよく部屋を飛び出していった。
また鍵を返してもらうことができなかった。
別れる別れないと揉めることは何度も繰り返してきたけれど、俺が紗枝に気持ちがなかったことが紗枝本人に知られていたとは思わなかった。あの頃と何も変わらず最低な言動しかできない自分が嫌になる。
紗枝が式を荒らすようなことは本気でしないと思うけれど、紗枝と交流のあった同級生が他に招待されていないかを確認するために翔に電話をかけると、スマートフォンの向こうから聞こえる声は呆れている。
「お前さ、日野さんに未練があるからって氷室を代わりにしたときもクズだなって思ったけど、式に日野さんが来るから別れるってマジでクズ男だな。香菜はお前を招待したくないって言ってるんだぞ。それを俺が説得したのに」
中学からの友人は俺に遠慮などしないで本音をぶつける。
「俺も翔と香菜を祝いたいんだけど……」
「あ、ちょっと待って……」
翔が部屋の奥にいるであろう香菜と話す声が遠くで聞こえた。
「香菜が日野さんに話しかけるな近づくなって言ってる」
「え、それ約束できないんだけど」
「お前香菜に殺されるぞ。結婚式を惨劇にする気か?」
「分かったよ……披露宴でも二次会でも薫には近づかないって約束する。香菜に言っといて」
「頼むよ」
「二次会以降は約束できないけど」
「おい……」
翔の言葉を聞き終わらないうちに無理矢理通話を終えてスマートフォンを乱暴にテーブルに置いた。
やっと顔を見れる。声が聞ける。
早く薫に会いたい。
こんなに薫を引きずるなんて予想外だ。紗枝と付き合った分だけ薫のことを考えて想いが募った。
やり直せるのならやり直したい。もう一度触れたい。



