勤務を終えて調理室の鍵をかけると冬木さんと会社を出る。正面玄関の前のガードレールに座る人を視界の端に捕らえた瞬間「薫!」と名を呼ばれた。

「え……」

立ち上がり私に手を振る人は蒼くんだった。

「薫!」

また私の名前を大声で呼ぶから横に立つ冬木さんも「知り合い?」と不思議そうに蒼くんを見た。

「あの、違います……」

「でも日野の名前呼んでるよ?」

無視して行こうとしたけれど蒼くんは私と冬木さんに駆け寄ってきた。

「話がある……」

その必死な顔に会社にまで来られた恐怖がじわじわと湧きあがる。

「俺先に行ってようか?」

冬木さんが足を踏み出したから私は慌てて「待って! 行きますから!」と蒼くんから離れようとした。

「薫! 少しでいいから話を聞いて!」

「どうしてここにいるの?」

「翔から会社の場所聞いて……」

翔くんからということは香菜が教えたようなものだ。そこまでして会いに来たことに驚く。

「困るよ……会社にまで来ないで……」

「ごめん。時間取らせないから」

「あのさ、一緒に飯食います?」

口を挟んだ冬木さんは蒼くんに「店すぐそこなんで」と親指で店の方向を指した。

「いいんですか?」

「だめです!」

拒否したのに蒼くんは都合よく私の言葉を無視して冬木さんにくっついて歩き出した。

こんな展開は予想外だ。せっかく冬木さんと二人でご飯に行けるところだったのに、よりによって蒼くんが一緒になるなんて……。
一番嫌なのは気まずい会話を冬木さんに聞かれたことだ。

店に着くまでみんな無言だった。席に案内されると冬木さんは一通りおつまみを頼んだ。

「俺に気を遣わないで話してよ」

冬木さんは面白そうな顔をして私と蒼くんを見比べる。蒼くんと会いたくもなかったのに話なんてできるわけがない。蒼くんも話しにくいのか目が泳いでいる。