◇ ◇ ◇
「み・つ・る~」
「……何」
自室で身の入らない勉強をしていると、母の洋子がノックもなしにのぞき込んできた。
机に向いたまま、背中越しに生返事をしたら、肩をやわやわと揉み込まれた。
「ちょっと出掛けない?」
「えー、今帰ってきたとこだよ」
「何だよ、久しぶりの親子交流を断ろうってのかい」
そう言われると、息子としては断りにくい。
洋子はただでさえ読めないスケジュールで毎日を過ごしていて、こんな風に会話できることも稀だった。
無下に断ることは、どうしても罪悪感を伴う。
「わかったよ。今の問題だけやったらすぐ下りるから、お店で待ってて」
「はは、愛してるぞ、満」
洋子は豪快に笑い、満のこめかみにキスをして部屋から出た。まったく、と満はこめかみを拭うと、解きかけの問題に再び視線を落とした。
けれど、頭の中を占めるのは数式ではなく、和葉の悲しい顔ばかりだ。
(俺って最悪)
あんな風に傷つけるつもりじゃなかった。
女の子の味方だなんて豪語しておきながら、いざ好きな子のことになるとうまく立ち回れないならば、それも返上しなければならないだろう。
ただ、和葉にとって親しい異性は自分くらいで、少なからず好意も感じていた矢先のあの光景は、満にとってショックが大きかった。
(一ノ瀬と変わらないじゃないか)
クシャ、と髪の毛を掴んで後悔する。
盲目的な恋をしていた一ノ瀬に満は「和葉を傷つけるようなことはしたくない」と言ったのに。
はぁ、と満のため息は、解かれることを静かに待ち続ける出題の上に落とされた。
