◇ ◇ ◇
「あのバカ、加減しろよな」
ティッシュを鼻に押し当てながら、満は廊下を歩いていた。
バスケ試合で大谷に衝突され鼻血を出した満は、保健室に向かっている。謝りながらついてこようとする大谷には、試合に勝てと言い残し置いてきた。
「失礼します」
保健室に入ると、養護教員の女性が出迎えた。
「あら、鼻血? 今日は体育での怪我が多いわね」
神楽涼子は眼鏡をかけ直し、束ねた長い髪を揺らして満に苦笑した。まだ二十五歳の若い彼女は、男子生徒たちの憧れだ。
(そういえばカズも突き指したとかで、来たんだっけ)
鼻に詰め物をされるという処置を受けながら、この時間に和葉が来てなくて良かったと安堵した……と、そのとき。
(ん、この香り……)
鼻血臭さの向こうから、ふんわりと清潔な香りがやって来た。近しい涼子からの香りだ。
どこか覚えのある香りに、満は一瞬気を取られたが。
「はい、終わり。無茶はしないようにね」
「あ、すみません。ありがとうございます」
手際よく閉じられた救急箱の音がして、満はすぐに些細なそれを忘れた。
