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午後八時。
夏にまだ近い九月だが、黄昏時もとうに過ぎ、闇がほんのりと街を包んでいた。
そんな中、消えていたはずの喫茶店サルビアのランプの明かりが灯る。
ドア横のシェードランプが淡いオレンジの帳を下ろし、日中とは違う空気をそこに作り上げた。
さて、ここでこの喫茶店サルビアのもう一つの顔を紹介しよう。
夜、ここは大人が集うバーとなる。二つの顔を持つ、今時珍しくはないカフェ&バー経営ということだが、ひとつここには目玉となる人物がいた。
その人物がいる時間は決まっているが、いる日は決まっていない。まちまちであり、神出鬼没。
そしてその人物こそが、この店軌道に乗せた、裏の立役者でもある……と店主である光一が語ったとか、語ってないとか。
その立役者である満は、自室で時間を確認して「そろそろか」と準備を始めた。
クローゼットから取り出し腕を通したのは、学校の制服とは違うカフス付きの白シャツ。襟元にネクタイではなく黒の蝶ネクタイを留め、上に黒ベストを羽織った。
同じくクローゼットにしまっていたスタイリング剤で柔らかな前髪をセットし、残りは後ろに撫でつけた。
すると幾分か大人びた風貌に切り替わり、満は鏡で乱れがないかを最終チェックする。
「さぁ、行きますか」
夜十時までのバーのお手伝い。
飲食店の実家暮らしも楽じゃないね、と満はさして不満もなさげな顔をして階段を下りた。
