御手洗くんと恋のおはなし

「あら満、おかえり」
「ただいま。カズ、本格的に採用しちゃったんだね」
「だってカズちゃんならよく知ってる子だし、安心じゃない。満だって嬉しいでしょう?」
「友人が自分ちでバイト、なんて居心地は良くないけど」
「居心地悪い理由はそれだけかしらね?」

 クスッと笑う光一の言葉に、満はらしくなくムッとしてしまう。

 この女言葉を使う光一という父親に、昔から満は敵わない。
 自分の店を持つことが夢だった父親は、満が生まれる数年前に喫茶店経営を始めた。
 幸いなことに軌道に乗り、常連も多いここは秘密の繁盛店だ。

「みーちゃん、これで大丈夫そう?」

 着直した和葉が、そんな二人の元にやってきた。
 中学の頃からずっとこのお店でバイトをしたい、と言っていた彼女は本当に実現させてしまった。
 満は和葉のウェイトレス姿をあらためて見つめて「うん、いいんじゃない」と、ようやく穏やかに返した。

「そういえば梨花ちゃんたち、どうだった? うまくいった?」
「うん。彼氏もいいやつだったし、まぁ今後は大丈夫そうだ」
「そっかぁ、良かったぁ」

 笑う和葉につい、満も毒気を抜かれて微笑んでしまう。
 この林和葉という女の子は、昔からそうなのだ。自分のことより他人の心配。自らの恋路がうまくいっていない時でさえ、他人の幸せな恋バナで幸せになってしまう、どこか憎めない雰囲気が出会った頃からあった。
 だからだろう。みーちゃん、なんて可愛らしすぎるニックネームを、彼女にだけ満が許してしまうのは。

「ありがとう、みーちゃん! やっぱり相談事にはみーちゃんだねっ」
「だからと言って、あんまり問題事持ち込みすぎないでよ? カズ経由の相談事が最近多いよ」
「みーちゃんはもう学校の有名人でしょ。『御手洗少年相談所』って看板、作ってあげようか?」
「バカカズ」

 ペチン、と小さくデコピンを和葉にして、満は店の奥にある自宅へ繋がる階段を上がろうとした。
 その背中に、光一の声がかかる。

「あ、満。今日もお願いね」
「ん、わかった」

 その会話に和葉は「何が?」と小さく首をかしげる。そんな彼女に満は少しだけ妖艶に見える笑みをこぼし「ナイショだよ」とだけ答えたのだった。