御手洗くんと恋のおはなし

 そしてしばらく歩き、自宅に着く。
 裏路地をすり抜け丁路地を曲がれば、タイムスリップしたかのようなレトロな建物が満を出迎えた。彼の自宅は喫茶店を営んでいる。

「ただいま」

 カランコロン、とベルが頭上で鳴ると同時に。

「みーちゃん、おかえり!」

 袴に白エプロン姿の和葉が出迎えて、満はため息を吐いた。

「何してるの、カズ」

 そう言いつつも「やっぱりか」という表情で満は対応し、和葉と向き合った。

「もー、バイトに対して店主息子の態度が冷たすぎる!」
「店主が甘いからね。バランスは取らないと。ちなみに和葉、襟が逆で死人になってるよ」
「え? わぁ!」

 胸元にパッと手を当てた和葉は、慌ててカウンター奥の従業員控え室へ駆けこんだ。
 満ほどではないにしろ、女の子としては背が高い和葉の和装はよく似合っていた。が、きちんと着られないところがまだまだ女性として甘ちゃんなのだ。
 フェミニスト御手洗少年にしては、冷たいことを考える。

 ちなみにこんな態度をする女の子は満にとって和葉一人だけで、その意味なんて、彼女にはまったく伝わってもいないのだが。

「店長ごめんなさい! 着替えるんでちょっと出てって下さい!」
「あら、もう上がりの時間?」
「違います、襟が逆だったんです!」

 従業員控え室から、ぐいぐいと押し出されるように一人の男が現れた。

 もうすぐ五十となるその男性は、年齢にふさわしくないほどに若々しく甘い顔つき。目尻が下がり柔和な雰囲気にバランスを取ろうと、流されるようにスタイリングされた天然パーマの黒髪がかろうじて彼に男らしさを与えていた。
 御手洗光一(こういち)、四十八歳。ここ、喫茶店サルビアの店主であり、御手洗満の父である。