御手洗くんと恋のおはなし

「ど、どういうこと?」

 慎一が言おうとしたセリフは、梨花が先にポツリともらした。
 そうだ、梨花が無事で良かった、と慎一は慌てて彼女に駆け寄る。 しかし。

「大谷くんだったの?」

 梨花は、元ヤクザ男に向けてそう言った。

「梨花の知り合いだったのか!?」
「うん、クラスメイト……」
「何ぃ!?」

 ということは同い年、とまた違うショックを慎一は受ける。大谷と言われた青年、いや少年は「やー、驚かせてごめんね~」と屈託なく笑った。
 口をポカンと開ける慎一と梨花の前に、満が立って頭を下げた。

「ごめん、これは全部俺の指示なんだ。梨花ちゃんは何も知らない。ただちょっとだけ、待ち合わせに遅れてね、とだけ伝えただけなんだ」
「お前……一体どういうつもりだよ!」

 ふつふつと怒りが湧いた慎一は、思わず怒鳴りつける。
 しかし、満の表情はお地蔵様のように慈悲深く、その怒りも包みこんだ。

「梨花ちゃんの気持ちを、わかってもらおうと思って」
「は?」

 いぶかしむ慎一に、満は柔らかい声音ではっきりと言う。

「さっきの君の恐怖は、痴漢に遭う梨花ちゃんの恐怖だよ」

 満の言葉に、慎一はグッと息を飲んだ。

「彼女に、隙があるから痴漢されるって言ったらしいね?」
「それは……」
「男からしたら痴漢の恐怖はわからないだろうけど、傷ついている彼女に言うセリフではなかったかな」

 だから荒療治、と自身も男のくせに満はニッコリと笑って言い放った。「いいかい」と念押しをするように続ける。

「梨花ちゃんには痴漢対策の仕方も教えたし、グッズも持たせた。でもね、彼女が心から安心するには、それだけじゃ無理なんだ」

 そこで、フッと柔く満は微笑みを漏らす。

「彼氏の君の温かい存在が──必要なんだ」
「俺、の……?」