御手洗くんと恋のおはなし

 次の瞬間、ドンッ! と慎一の両肩に衝撃が走った。
 それはあのギラついた刃物のナイフ──ではなく。

「感動した!」
「……へ?」

 目の前のヤクザ男の、両手だった。
 持っていたナイフをよく見ればおもちゃそのもので、それをポイッとヤクザ男は床に投げ捨て「うんうん」とうなずく。

「お前見かけよりガッツあるじゃん! いやぁ、見直した!」
「……は? へ?」

 呆然としている慎一の耳に、また聞き慣れぬ男の声が聞こえた。

「大谷、ビビってるからそれくらいにして」

 ヤクザ男の背後にいつの間にか、梨花以外の人物がいた。
 ヤクザ男ほどではないがスラッとした長身のその男は、梨花と同じ桜塚高校の制服を着ている。
 その男──満は、巨体のヤクザ男に近づいた。

「ありがとう。名演技だ」
「色々準備した甲斐あったぜ!」
「その悪趣味な服とアクセサリーはどうしたの?」
「親父のだからな、言っとくけど!」

 ペリペリ、とヤクザ男が顎髭を剥がしたので「あ」と慎一は声を漏らした。
 サングラスも外してまとめた髪もぐしゃぐしゃに乱せば、そこには思いがけずあどけない青年の顔が現れた。