御手洗くんと恋のおはなし

 百八十……いや、もしかしたら百九十に届くのではないかという体はでかく、圧力を感じる。髪はオールバック、顎髭(あごひげ)をたずさえ、サングラスをかけて、首や手首には趣味の悪いシルバーアクセサリーを揺らしていた。
 柄シャツにチノパン姿という、ヤクザ映画に出てくる下っ端のような男だった。

「ちょっとこっち来いや」
「え、え?」

 まるで狼に首根っこくわえられたウサギのように、慎一はヤクザ男に制服襟を掴まれて移動させられた。
 駐輪場裏の、人気の少ない静かな場所だ。

「で、ニーチャンよぉ!」
「ひぃっ!」

 バン! とヤクザ男は慎一の背後にある壁へ片手をつけ、もう片方の手を上に向けると、慎一の顔の前でヒラヒラさせた。

「金出せや」
「え、えぇ!?」

 それは、明らかな恐喝だった。

「なな……なんで……」

 歯がカチカチなりそうな慎一に、さらにヤクザ男は眉間を寄せて顔を近づける。

「るせぇ! おら! 早くよぉ!」

 男が何度か壁を蹴り上げて、暴行の予感を慎一に与えた。
 一気に身近になった危険に、慎一は身をすくませた。

「わ、わわわ、わかったよぉっ」

 情けない声を漏らし、慎一がポケットの財布を取り出そうとした──その時。

「慎一くん!」
「梨花!」

 運悪く、彼女の梨花が現れてしまう。
 ヤクザ男が狼で慎一がウサギなら、梨花は小鳥かリスだ。何の力にもなりはしない。