御手洗くんと恋のおはなし

 和葉はトレイを受け取ると、従業員出入り口を素通りし、そのまま二階につながる階段へ向かった。
 一度ここから落ちたことのある和葉は、慎重に足を乗せる。その後ろ姿を見送って、御手洗夫妻は小さく笑った。

「洋子さんも人が悪いわ。寝込んでる息子に好きな女の子を寄越すなんて」
「そうか? 母親なんかより可愛い子の方がいいだろ」
「何言ってるの! 洋子さんは誰よりも可愛くて美人で素敵よ!」
「あはは、ありがとう光ちゃん」

 洋子は光一に抱きつく。
 しかしそこで不幸なお客が一人入店し、抱き合う御手洗夫妻を見つけるはめになるのであった。



 コンコンと二回ノックをしたが、満からの返事はなかった。

「みーちゃん、入るよー?」

 和葉はトレイを持ったまま、空いている手で扉を開けた。すると、満はベッドで横になっていた。

(ありゃ、寝てる)

 和葉はそっとベッドサイドに近づき、勉強机にトレイを置いた。きちんと整理整頓された満の机は、自分のものよりもキレイに見えた。

「みーちゃん」

 小さい声でささやいてみる。
 しかし眠りは深いらしく、ただスースーと規則的な呼吸が聞こえるばかりだ。
 和葉はベッドの横で腰をかがめると、貴重な満の寝顔を近くで眺めた。

(ふふ。寝てるとけっこう、可愛いかも)

 普段は仏の表情を浮かべている満も、寝ているときは普通の男の子だった。
 そんな顔を見ていると、和葉の胸の奥でチリチリと、はじき出した線香花火みたいな熱がこもり始める。

(そういえば、みーちゃんの恋バナって聞かないなぁ)

 女の子の味方である満は、人の恋愛相談に乗ったり首を突っ込んでばかりで、自らの恋の話などはしない。
 自分は過去の恋愛も失恋も何もかもを知られているのに、不公平だと和葉は思う。そして、同時に。