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中学一年生の夏休み前に、みごと中嶋に失恋した和葉だったが、まわりにはそんなことを感じさせないほどにいつも通りだった。
でも、唯一恋愛事情を知る満にだけは、我慢をしなかった。
夏休みもとうに明けた十月の秋空の下、下校中に和葉に捕まった満は、聞きたくもない愚痴を聞くはめになる。
「みーちゃん何で教えてくれなかったの! 中嶋くんがるりちゃんとつき合いだしたこと」
「いや、俺も最近知ったんだけど」
そう、中嶋はついに戸田さんとの交際をスタートさせてしまったのだ。最近では手をつないで仲良く帰っていた、なんて目撃情報まである。
しかも追い打ちをかけるように和葉を追い詰めたのは、その交際スタートの時期である。
「夏休み前には、くっついてたんだって」
悲しげにつぶやいた和葉を見て、満はどうしたものかと頭をかいた。
「……和葉が告白したときには、もう?」
「わかんない。でも、本当完敗だよ。あーあ……」
たしかにカップルになったのでは、意識してもらう以前の問題だ。
でも満は、こんなことになるんだろうな、と何となくわかっていたのかもしれない。
恋愛事情に人一倍敏感な満。同じサッカー部の中嶋が、よくグラウンドから校舎二階を見上げていることに気がついていた。
特別校舎二階の家庭科室。そこには家庭科部所属の、戸田るりの姿がたまに見えていたから。
それでも和葉の背中を押してしまったのは、なぜだろう。
そう考えたときに満はやっと、腑に落ちた。
ああ──そうか。そういうことか。
傍観者から当事者になったことに、小さな戸惑いを感じる。
しかし鈍感な和葉は、そんなことにちっとも気づきはしないのだ。
「みーちゃんにしか、こんなこと愚痴れないからさ。これからもへこんだときは、聞いてね」
「……仕方ないなぁ」
本当はそんな愚痴を聞くのなんて嫌だけれど、二人だけの秘密も悪くなくてつい了承してしまう。
のんきにも和葉は笑って、こんなことを言った。
「なんかみーちゃんて、話しやすくって仏様みたい。お饅頭置いて、拝みたくなっちゃう」
「……バカカズ」
苦笑して満は、初めて和葉に優しくデコピンをしたのだった。
