「久しぶりに越前越えの狂気に触れたよ、私」
「天城越えみたく言うな」
「何が言いたいの? 意味がわからない、何が起こってるのかも。気持ち悪いことしかわかんないんだよ現時点で。わかるように説明してくれないと困る」
「ほう。きみには彼が狂人に見えたか。僕には社会を練り歩く人間よりよっぽど人間に見えたが。あれは仮面を剥いだ我々の実態そのものだ。そこに笑顔や取り繕いや上辺や飾り、脚色理想偏見が塗れて人間が出来上がる。力丸くん、きみもその一部だよ」
不気味は70億だという。70億気狂いだと言うのなら、その筆頭は間違いなくいま目の前で「やはりチョコパイは格別だ」などとほざいては寛いでいる越前だというのに、彼は水沼を活路と解いた。人間が抱える薄闇や妬み嫉み、今ここにある慢心や錆色を混ぜ合わせると、
人は彼になる。
「水沼と相田はウロボロスの関係性にある」
「なに? ウツボ?」
「悪循環。永続性、俗に言う「およそ到達しうる最高の肯定の形式」だ」
「日本語喋ってもらっていい」
「邪の道は蛇だ、似たもの同士は引き合わせる。良くも悪くも。物事の相対性というのもそれと同じ。綺麗は汚い、その逆もまた然り」
「…どっちサイドの話? 邪の道って、越前と水沼の話? それとも相田先輩と水沼と越前? …と私」
「歌のタイトルみたいにいうな」
また愚かに転ぶのか、と悪態をついて越前は眠りにつき、知恵をつけ常に物事の搾取側に回れと揶揄した越前の教えに習い、力丸は向かいのソファで彼に課題として出されたアルベール・カミュの名言集をランダムで開く。昔、星のなんだかといって、開いたページがその日一日の自分に対する答えを導いてくれるという本があった。
越前が力丸を助手とした時彼女に与えたそれは越前が全て記憶している御古だそうで、全て英語で理解が及ばない。だからこそ、開いたページの英語をスマホの翻訳機で変換し、力丸はいつもそれを越前の代わりに教えとしていた。
この旋毛曲がりよりはよっぽど、偉人が残した言葉の方がしっくりくるものがあったからだ。
アルベール・カミュ。不条理の哲学を見出した偉人。
その教え。
【𝑇ℎ𝑒 𝑓𝑎𝑙𝑙 𝑜𝑐𝑐𝑢𝑟𝑠 𝑎𝑡 𝑑𝑎𝑤𝑛.
〝転落は夜明けに起こる〟】



