「図書室の隅に座ってノートと向き合っている時、ぼくは唯一世界と繋がっている気がするんです。朝起きてご飯を食べて、登校し授業を受けている間ぼくはぼくからどんどん剥がれていく気がしてならない。早く繋ぎ止めなければ、そう思っているので、特に他人に関心を抱いていません。ぼくは生まれつき右耳が聞こえないので、そういった場合は右側に嫌なものを配置すれば避けられるのです。図書室の窓際のこの席で左耳が捉えるグラウンドを走るサッカー部の生徒の声、時折届く女テニス部の掛け声、反吐が出るような春のにおいには本当に生温く気が滅入りそうになりますが、ぼくの根底や拠り所はいつもこの場所にあるのです」
「三年の相田光輝が投稿している小説サイトでコメント欄を炎上させている主犯は、水沼誠司、お前か」
「越前」
「きみは頭がいい」
水沼の眼が越前を捉える。灰色がかった黒髪から覗く目は、白飛びしたデジタル写真の様な青磁色をしていた。
「ぼくに辿り着いたのなら、ぼくを壊す方法を知っていますね」
「…」
「答えはNoです。それとも空惚けた方がいいですか?」
「…水沼くん、きみ小説書くんだよね、こんな風にノートに毎日文字に起こして自分の言葉を綴ってる。それに、見たけど、きみの小説もめちゃくちゃ良かったよ。なのになんでこんなことするの。相田先輩のこと応援してあげようってなんでならないの。———幼馴染み、なんだって? 幼い頃から近所で仲良くしてもらってた年子のお兄さんだって、中学入ってから疎遠になっちゃったけどそれまで本当に仲良くしてたって。相田先輩の友だちも知ってるようなそんなこと、もしこの件の犯人がきみだって知ったら、相田先輩」
「———なんの話ですか?」
「…水沼くん」
「僕に幼馴染みは、いません」
その声は酷く澄んでいた。背筋を正し、首元までしっかりとボタンの留められた学ランを纏った水沼誠司はただ静かに虚空を舐めていた。虚無が人間の器を被った様な、その、現実味のなさに力丸は怖気る。
水沼は静寂だった。
「壊してください越前くん。このぼくを、あなたの類稀なるその脳で」
「…永劫回帰か」
静寂と狂気が一つの空間でお互いを冷笑している。力丸にはそう見えた。ひとりごちて踵を返す冷えピタ学ラン男を慌てて力丸は追い、振り返る。マネキンの様な姿勢で取り憑かれた様に筆を取る水沼の虚無がその時、斜陽を浴び、そして微笑っていた。




