初めて物語を書いてみようと思ったのは年子の幼馴染み、誠司の提案だった。

 ふたりで目にした洋画の展開にしっくり来なかったのでこんな展開だったら良かったのにねと僕が後日文字に起こして誠司に見せたのだ。当時小学五年生だった僕は10歳の誠司が歓喜し、目を爛々と輝かせ文字通り飛び上がって喜ぶ姿を見て感激した。
 そしてブランコを漕ぐ僕に柵に座った誠司が言ったのだ。


「すごいよみっくん! きみは小説家になった方がいい!」


 たしかに元々本を読むのは好きだったけれど、僕には文才がない。どちらかと言えば斜向かいに住み、幼い頃から英才教育を受けてピアノやバイオリンに勤しむ多忙な一人息子である誠司の方がそういった分野に長けていた。文字にこそ起こしたことはなかったけれど、前に読書感想文を読ませてもらったときに僕は彼の可能性を確信していたのだ。

 だからこそ彼に読んでもらうことに気が引けていたし、なんなら添削されると思ってさえいたけれど彼は愚直だった。更にもっとと僕にせびるたび味を占め、僕は誠司に思いつきの物語を見せるようになっていく。

 中学に上がったころには登校後朝一で小説を見せるのが日課になっていて僕の物語はその度彼を鼓舞した。その頃だ、誠司が僕に感化されて「小説を書き出した」と報告してきたのは。



 元々ピアニストの父と画家の母という芸術一家の下に生まれた誠司はまるで凡庸な僕と生きる世界が違っていた。両親同士に縁が無ければ人生が重なることもなかっただろう。出会うことだってきっとなく、13歳の少年が有名文学賞の最終選考に残って地元の新聞に〝神童〟などと書かれても素知らぬ顔を出来たと思う。僕は焦った。元々誠司の可能性を発掘していただけに世間にそれが触れてしまうことが恐ろしかった。ピアノの夢は? ヴァイオリンは? 画家の選択肢だってある。きみにはたくさんの星の数ほどの可能性があるけれど、きみが僕に物語を書くように言った日から僕には物語しかないんだ。取り憑かれたようにきみに見せることだけを思って友だちとのゲームの誘いや外での遊びや彼女とのデートやセックスの間にだって僕は誠司のことを考えていた。気が気でない。早くその可能性を摘まなければいずれ僕と衝突する日が来るだろう。

 その可能性だけは避けなければ…







 僕が中学に上がってすぐに利用を始めたサイトを誠司も見ていたから誠司も僕を真似てサイトに投稿を開始するようになる。開始1年でようやく125人のファンを取得した僕に対し、彼は処女小説の公開で682人のファンを取得した。数字というのは顕著で容赦がない。おすすめにも掲載される。バナーが動くたび僕の目につき、目障りだ。僕が作品を公開する。誠司が一番に読んでコメントを返す。窮屈でならない。

 だって、いつもヒヤヒヤしていたんだ。誠司に見せるために考えていた僕の小説はいつしか、誠司の作品を模造した何かにすり替わっていた。元々文才などなかったので家にある母親の草臥れた小説や父のお気に入りの本なんかを目に後は勘で書いていたよ。楽しかったのは僕らが無知だった小学生の頃だけさ、中学に上がった頃からずっと窮屈で少しずつ少しずつ誠司を搾取していく。お前は上に上がってはいけないよ。ヴァイオリンや画家やピアノをするといいよ。ここに来てはいけないよ。

 だからね、うん。