「相田光輝のアカウントにアンチしているユーザーコメントを運営に報告しても精査、診断の末回答を出すのに二週間はかかる。現段階で彼の11260件のコメント欄の内アンチコメントは982件、その一つ一つを報告したとてサイト側では到底捌き切れない。そこでCoreという僕が愛用するハッキングプログラムを使ってアカウントを特定していく。該当コメントは発見した段階で一時的に24時間のアクセスエラー、所謂一時的なサイト側の不具合に見せかけてサイトの立ち寄りを禁じさせる。今のご時世SNSなどを使ってサイト状況が知れてしまうから、あくまでアカウントエラー52の下に「攻撃的コメントの引用」に関するガイドラインを載せておく。それで82%のサイト利用者は自身の心当たりから自ずと24時間のサイト復興を待つ、その中で未だアクセスする対象を絞った上でしつこい人間はしらみ潰しにアカウントBANだ。これもあくまで一時的にね。そうしていると一件のアカウント、BANをしても該当コメントと酷似、そして連中を鼓舞しているアカウントを特定する。ハッキングプログラムから発信場所、現在地の逆探知が出来るからすぐに辿り着いた。灯台下暗しという言葉がある。敵は案外身近にいる。

 それがうちの学校で同じクラスの水沼誠司に辿り着いた経緯」


 

 口先だけは達者な男だ。べらべらと鬱陶しい。

 まるで自分の推理が的中したことをもっと褒めろとでも言いたげに北棟外れにあるじめついた名誉会の教室で、校長室からお下がりとして取得した牛革のソファに寝転んだ鬼才は宣った。
 それを静かに聞いていた力丸はまるで撒き水をくれるように、越前に向かい乱雑に白の封書を放り投げる。


「これは?」

「退部届。見てわかるでしょ」
「まだきみと組んでから案件を取ったのは4つ目だが」
「十分だろ。お前の鬼人扱いに対する名誉挽回は私との4つの案件で粗方成せたはず。続きは生徒会長にでも立候補して学園統一でも図れば。じゃ」
「残念だがそれは却下だ」
「なんで!!」


「この名誉会、まだ部活認定が降りていない」


 退部届に関しては、力丸が越前の手を取ってから常に内ポケットに秘めていたものだった。同好会ならそれはそれでいいが、そういうことならもっと早く言うべきだ。拍子抜けし、「降りたいなら降りろ、僕は僕で好きにする」と起き上がってまた嫌味なほど訳のわからない分厚く、ドイツ語表記と思しき本を爛々とした目で堪能している越前に愛想が尽きる。いや、元から愛想などはなかった。一際人間味がなく、ただ彼はいつも全身全霊だったのだ。言葉にオブラートも容赦もないけれど、それでいて依頼人には寄り添っていた、そう思う。

 それを見限ったように思えて力丸は幻滅した。

 

「狂人と言うのは、雨や曇りの日ではなくよく晴れた日に奮起する確率が高いそうだよ。自身の心の安寧に反する情勢、和に微睡む人間を前に心の〝ずれ〟が生じるからだ。狂いそうな禍々しさを握って見上げる青空の何たる皮肉なことか。感じたことはないかい? 今日はよく晴れた春の日だね。心の崩壊が起きやすい日だ」

「水沼くん、気が触れておかしくなっちゃったって」
「水沼誠司の異常性は力丸くん、君が一番に気付いていたではないか。そして何度も言うが本件において彼はあくまで正常(・・)だ」
「越前、お前何を握ってる」

「きみは光が一秒間に進む距離を知っているか」


 話を逸らされた。曖昧に「秒速5センチメートル?」と知ってる単語を押し並べたら越前は静かに瞬きする。


「約30万㎞だ。正確には299,792,458m、これに対し地球の平均直径は0.0425光秒、即ち君とこうして話している間にも一秒毎に地球の7周半を進んでいることになる」

「それがなに」
「だが我々はそれに気がつかない。永続的に視認している映像で光が果たして本当に進行し通過しているのかを理解する手段がない。実験をし、計算式を叩き出し、だからそれがなんだという話でもある。相田光輝と水沼誠司はそういう関係性だ」
「全然わからない」
「光があることを認識するのは、当人次第だ。そして輪廻する。全ては紙一重と言ったな。永劫回帰、破壊と再生。自分自身を飲み込むウロボロス」


 ウロボロスの絵をスマートフォンで調べると、一匹の蛇とも竜とも似た生物が文字通り輪になって自分自身を飲み込んでいた。これは、水沼誠司なのだろうか。…それとも。



「……相田先輩って言わないよね?」



 向かいのソファに座り、頬杖をついていた越前はそのマネキンのような顔に乗っかった薄い唇だけを、ほんの僅かに持ち上げた。
 

















「この世は不条理だらけなのだよ、力丸くん」