悟は微笑みながら、綾乃の体を自分の胸の中に抱き寄せた。

強く強く抱きしめながら「やっと抱きしめられる」と耳元でささやく。

ずっとこうしたかった。
もっと早くこうしたかった。

初めて綾乃が自分のレストランに来て、一人スープを口にしながら涙を流す姿を見た日から、惹きつけられて仕方なかった。こんな風に誰かを想うことは初めてだった。
料理を食べて感動してくれるお客はたくさんいた。感動を言葉にして伝えてくれた人もたくさんいる。

でも、綾乃の涙は違う。料理人としてではなく、一人の男として綾乃に惹きつけられているのだと、あとから気づいた。

それ以来毎週金曜日に店に駆け込んでくる綾乃を目で追っていた。
いつの日からか金曜の仕込みの時間は綾乃がこの料理を食べたらどんな顔をするかと思い浮かべるようになった。