ふわりと頬を包む大きな温かい手。懐かしささえ感じてしまう柑橘系の香りにリサは胸がいっぱいになる。
そんな自分の未練を断つように、リサは一歩引いて真っ直ぐにジルベールを見た。
その仄暗い瞳にあまり良くない予感を抱き、痛みにも似た緊張がジルベールの胸に走る。
「明日の夜、城を発ちます」
声が震えないように身体中に力を入れ、瞳が涙で潤まないように何度も瞬きをした。
自分を奮い立たせ、ジルベールから目を逸らさずに告げた言葉は、シンと静まり返るバラ園に冷たく響いた。
びゅっと強い風が2人の間を吹き抜ける。
長居する気のないリサの肩にショールは掛けられていない。風の冷たさに首筋が粟立ち、サラサラの黒髪が頬にかかった。
風の強さは勢いを増していき、バラは支柱で補強されているとはいえかなり煽られている。リサは傷んでしまわないかとちらりと視線を花へ向ける。意図したことではないにしろ、合わせていた視線を逸らせたことでジルベールに不信感を与えた。
発せられた言葉を理解したジルベールは、わずかに身じろぎ眉間に皺を寄せる。
「…どういうことだ?」
「そのままの意味です。私は以前から決めていた通り、この城を出ていきます」
明日の夜、シルヴィアとジルベールに結婚の意思の確認があるらしい。
それをもって最終日の宴は婚約の前祝いの様相を呈する盛大なパーティーになると、先程ドレスを脱ぐのを手伝ってくれたエマが話していた。



