おとぎ話の裏側~身代わりメイドと王子の恋~


「やめてくれ」
「ジルベール様…」
「…ジルでいい。さっきも言ったはずだ。今君は侍女ではない」
「でも…」
「俺が初めて会った日の夜、君に言った言葉を忘れたわけではないだろう」

その一言が、リサにバラ園の篝火で照らされたジルベールの瞳の色を思い起こさせる。


『俺と一緒に来い』
『俺が、君の居場所になる』


あの時は夢だと頷いてしまったが、ここが現実だと受け入れて生きていこうと決めた今、それは難しいのではないかと心のどこかで感じていた。
さらにジルベールが従者ではなく王子だと知ってしまえばなおさらだ。

ただあの言葉がリサの胸を高鳴らせ、誰にも甘えられない彼女を救ってくれたことは確かで、そう言ってくれたジルベールに惹かれている心を誤魔化すことは出来なかった。

絵本の通りならば、彼はシルヴィアと結ばれなくてはならない。
なのになぜ、ジルベールは従者と入れ替わっていないのだろうか。

考えられるのは、リサがこの世界に転生したところを助けて馬車に乗せたせいで、入れ替わりをするはずのストーリーを壊してしまったということだが、今更どうにか出来る問題ではなさそうでますますリサは頭を抱える。

お忍びから帰った後、リサはずっとシルヴィアの顔が見られなかった。
本来ならば彼女が感じるはずの幸福感を、自分が横取りしているような気にさせられた。

お忍びで出掛けた街からこっそりと城に帰りそれぞれの部屋へ下がる時、ジルベールはリサに『また夜に』と耳打ちして去って行った。

たったそれだけで、リサの足は夜になるとバラ園へ向かってしまう。