そんな彼にやっとの思いで「ここのパン、おいしいんです」と伝えると視線を下におろした。愛しいものを見るような彼の眩しい眼差しに耐えきれなかった。
今日のジルベールは王子のお忍びという体で来ているので、胸元が紐で編み上げになっている白いチュニックに濃い茶色のズボンというシンプルな装い。それなのにどことなく気品が漂っていて、ジルベールの王子様役への追求が素晴らしいと思う一方で、今日くらいはいつも通りのジルベールでいてほしいとも思った。
いつも通りのジルベールというものを知っているわけではないが、自分と一緒にいる時は無理に演技などしてほしくない。
リサは王子のフリをしたジルベールだから惹かれたわけではない。その強い眼差しと強引なくらいの優しさに心を強く惹きつけられたのだ。
王子様の演技をする彼ももちろん素敵だが、もし違った一面もあるのなら今日はそれを見てみたいと思っていた。
一方リサは生成り色のブラウスに柔らかい黄色のベスト型のコルセットを締め、同じ色のスカートをペチコート2枚の上に履いている。
さらに肩から萌黄色の三角のストールを掛け、腰には刺繍をあしらったポケットを巻き付けてあり、中には少ない硬貨とハンカチを入れていた。
ジルベールがいくつかパンを選び、袋に詰めてもらったのを受け取ると、両替商で予め換金していたこの国の通貨で支払いを済ませる。
「あ…っ、お金」
腰のポケットに手を入れ、慌てて硬貨を取り出したが、片手であっさり制されてしまった。
「いい」
「でも…」
「腹が減った。どこかで座って食おう」
「はい。ありがとうございます」



