そうだ。彼は自分の本当の姿を知っている。なぜこうして『レスピナード公爵の1人娘』を騙っているのか、花婿候補としては気になるのが当然だ。
どう答えらたいいんだろう。
やはり先程きちんとシルヴィアに伝えて、一緒に対応を考えておけば良かったと心の中で悔いた。
彼との昨夜のやり取りを自分だけのものにしたいという自分勝手な理由で、この入れ替わりを失敗に終わらせてしまうわけにはいかないのに。
「ジル……」
片腕で抱かれる形の体勢のまま、途方に暮れてしまう。
なんと言ったらいいのかわからず困惑に潤んだ瞳で見上げると、ジルベールは鋭い視線を幾分和らげ、腰に回したのと反対の手で梨沙の頬に触れた。
「君は一体…」
梨沙はまだ彼に名乗ってもいなかったのだと思い返す。
逆に言えば、彼は名前も知らない彼女に『一緒に来い』と言ったのだ。
「あの、私…」
梨沙がシルヴィアと入れ替わっていることを説明しようと口を開いた時、大広間の奥のダイニングルームから「シルヴィア様ー」と偽物の姫である梨沙を呼ぶ声が聞こえた。
「あ、…行かないと」
腰に回っている腕の力が少しだけ緩められ、近い距離にあった身体がゆっくりと離れていく。
それがどうにも心もとなく感じて、自分が離れたがっていたくせに縋るような顔でジルベールを見上げてしまった。
そんな梨沙の心情をどう読み取ったのか、ジルベールは素早く彼女の身体を抱きしめると、今度は甘さをふんだんに含んだ声で囁いた。
「今夜、またあの場所で。その時話そう。本当の君の姿で来て欲しい」



