『早く、このお城を離れないと…』

そう、あれはこの世界のリサの声。リサはこの城から出ていこうとしていたのだ。
花婿候補がここに着いてしまう前に。

しかし、なんの因果か梨沙がこのタイミングで絵本の世界にリサとして転生してきたことで、結局城に戻ってきてしまった。

もしこれが現実だとしたら、今日のお昼にはシルヴィアの花婿候補の王子をもてなすパーティーが始まってしまう。

昨日入れ替わりを承諾してしまったということは、絵本の通りシルヴィアとして王子のお相手をしなくてはいけないのではと考え至り、梨沙はベッドの端に腰掛けたまま慄いた。



混乱した頭を抱えながらも部屋に置いてある洗顔ボウルに水差しの水を入れて顔を洗うと、部屋の隅に畳んで置いておいたメイド服に着替えた。

部屋を出て、廊下の端にある階段を1階まで降りると、使用人専用の食堂らしき場所に辿り着いた。

「リサ、おはよう」

ぽんと肩を叩かれて振り向くと、同じメイド服を着たふくよかな女性に声を掛けられた。

「あ、…おはようございます」

年は50代前半の岩田と同じくらいだろうか。人の良さそうな笑みを浮かべている。
絵本の中に彼女らしき女性が出てきたことはなく、親しげにされて一瞬戸惑ってしまう。