「……今住んでいるところを出なくちゃいけないんです」
ぽつりと零した言葉に、目の前のジルベールは少しだけ怪訝な表情をした。当然だ。急にこんなことを話しだしたら誰だって戸惑うだろう。
『早く、このお城を離れないと…』
ふと誰かの声が頭の中でこだました。
それはよく聞き覚えのある声な気がしたが、梨沙は気のせいだと頭から意識的に追いやった。
今まで梨沙は誰かに弱音を吐き出したことがなかった。誰かに言ったところで、どうにかなるものでもないとわかっていたから。
甘え下手と言われるが、どういう風に甘えたらいいのかわからない。それ以前に誰に甘えていいのかすらわからなかった。
でも今は、誰かに話したかった。聞いてほしかった。他のことは考えたくない。
すると、ジルベールはゆっくりと梨沙に近付くと背中に手を添えて篝火の近くにあったベンチへ促してくれた。
2人で並んでそこに腰を下ろす。
暗い空の下ゆらゆらと燃えるオレンジ色の火に照らされ、梨沙を見つめるジルベールの瞳は鮮やかなエメラルドのように煌めいている。



