高校に入学して2度目の冬。放課後の図書室は、わたしの唯一の学校で落ち着ける場所だった。運動部の掛け声、吹奏楽部の合奏、軽音部のドラム、応援団の声、すべてがわたしの耳を心地よくするための音。
大勢でいるのは苦手だけど、大勢が作り出す音は好きだった。
暖房がない図書室を温めてくれる唯一のストーブにいちばん近い席で、お気に入りの本を読んで、目が疲れてきたら窓の外を眺めたり、買ってきたカフェオレを飲む。
これが冬の図書室の過ごし方。
すると、窓が急に叩かれる音がした。顔を上げると、ギターケースを担いだ男子がこちらを見ていた。
慌てて窓を開けると、冷たい風と共にその男子が入ってきた。
「まじごめん!うわ、あったけえ。ストーブどこ??」
わたしは小さくストーブを指さした。
「図書室とか学校探検以来だわ。」
「小学生、、」
「ええ?高校生だって学校探検するだろ。」
高校生とは思えない無邪気な表情に思わず笑ってしまった。
「図書委員?」
「いや、普通に来てるだけです。」
「へえ、全然人いないんだな。」
「だいたいいつもわたしだけです。」
その人はアキと言った。わたしの一つ上で3年。アキ先輩な!と勢いよく言われたが少し戸惑ってしまったので、アキでいいよと笑われた。
「結構ここ気に入ったなあ。先生もいないし。」
「そいえば、受験は?」
「あー、俺推薦。スポーツ推薦で。バスケ部のさ。」
「へえ、すごいですね。」
そいえば、体育祭の時バスケの試合ですごい騒がれてた先輩がいたような、、。
そういうこと。
「じゃあもう暇なんですか?」
「共通テストも受けなくていいって言われたから、最近はバイトとバスケ三昧かなあ。あとギター。」
「え、ギター弾くんですか?あ、さっきの」
「そそ、なんか学校で練習したくなって持ってきたんだけど、いい場所なくて、だからちょうど図書室見てけて、お前のことも見つけたってこと。」
アキ先輩は、ふふんと笑った。
「…聞いてみたい。」
「ん?いいよ。」
「え、」
先輩はケースからギターを取り出して、構えた。
「最近練習してる難しいやつ。」
鉄板の弾き語りソングでも弾くのかと考えていると、私が好きな洋画の曲を弾きだした。
「え、それ、、私が好きな映画の、、」
「まじ?これあんま有名じゃないから友達に聞かせてもわかってくんなかったんだよ。趣味合うじゃん。」
ジャズ調の綺麗なサウンドが私のドタイプだった。
「この映画、この前学校帰りに見たんです。平日の夕方だったから、私しかいなくてすごく落ち着いて見れてすごく綺麗だった。」
「俺もすごい好き。」
先輩はこっちを見て、そう言った。さっきとは違う落ち着いた声で。
なぜか今日初めて話した感じがしなくて、なんだか懐かしい気持ちにもなった。

「なんか久しぶりに楽しかった。」
「よかったです。」
7時を回り、部活帰りの人たちも増えてきた。
図書室の鍵を閉めながら、開いた窓から吹き込む空気を感じた。
「また、来てもい?」
後ろを振り返ると、アキ先輩が私のほうを見てそう言った。
「はい。また、ギター聞きたいです。今度はあの映画のエンディングのギターソロの部分。」
「お、いいね。帰ったら練習するわ。」
帰るとき、先輩は自転車だったので、駅まで送ると言ってくれたが、部活帰りの女の子たちの目が怖かったので、遠慮しておいた。